Ced Stars > Movement > / Leaflet & ... > AIDS Now ! > 「もし自分がHIVに感染しAIDSを発症したら、何が欲しいですか」

「もし自分がHIVに感染しAIDSを発症したら、何が欲しいですか」

あらためて聞かれると、何が欲しいかわからないが
あれも欲しい、これも欲しいと普段思っていることとは質の違うものが欲しくなるかもしれない
私がこの問いに対して思うこは、「彼とセックスしても何も問題のない体が欲しい」ということか…
もし自分がHIVに感染しAIDSを発症したら、何が欲しいですか
この問いかけは恒久続くことなのかもしれない
しかし、当事者にならなければあくまでも仮定の事なのでなってみなければわからないという範囲を出ない
答えを出したくても出せないのも無理はない

感染発覚後、それまでできていたことができなくなるのではないかという不信感や恐怖心が生まれることがある
感染した人の中にはセックスをする事が怖くなり、セックス自体できなくなってしまう人がいる
「感染したやつなんかにする資格はない、おまえ等が撒き散らしたせいでゴムをつけるはめになったんだよ」
いつもこんなことを言われている気がしてならない
セックス恐怖症というのだろうか
「セックスする事で相手にうつしてしまったら、」
「もうセックスする事ができないのかもしれない」
こんなふうに思ってしまう人もいる
それでも溜まった欲求は発散するしかないので自慰行為をしてみたとしても果てる事もなく
よけいに自信を失う事にもなる

私が最後に彼としたのは2000年4月だ
それ以来していない
セックス恐怖症、少なからず私もその中にいるひとりなのだろう
私の場合ステロイドを多量に長期間、服用していた事もあり
その間、体の代謝やホルモンのバランスがかなり崩れていた
自覚的には皮膚はうすくて傷つきやすく、表面を被っているだけの膜のような感じだった
ホルモンについてはサイトメガロウイルスによる合併症で副腎がほとんど機能していない
その事をわかりやすく言えば、エッセンスが足りていないというか
どこか味気ない食事をしているようなもので生きていくには足りているけれど、たのしむほどではないといえばイイのかもしれない
もっとわかりやすく言えば、立つモノも立たないのだ
こんな状態ではセックスに限らず活気というものが体から発散される事はまずなく
元気がないのというのでもないが、何をしても長続きはしなかった覚えがある
退院後の2年くらいは体と気持ちのバランスがとれないでいたこともあるのだろう
それに輪をかけて、私はHIV脳症も合併したので頭の中がどこか空洞な感じで意識をしなければ何かをしようという気にはならないし記憶も定かではない
今もそんな事は周囲からは見て取れるらしいが…

私の感染症の厄介なところは、セックスでその相手にうつるということだ
誰でもしたいセックス、いつどこでもしたくなるセックス、男でも女でも抜きたくなる瞬間がある
したいと思えばしてしまう、それは人の持つ動物としての本能だ
そして、ここが一番重要なのだけれど、動物はプロテクトをかける事はしないが人間はゴムをつけることができる
調整ができ、感染も防ぐ事ができる
つけたままで初めから終わりまで通し、生活の中でもお互いにうつす感染源を持たないでいられればリスクは少なくていられる
しかし、そのままでいられるなんてありえるのだろうか

もし自分がHIVに感染しAIDSを発症したら、何が欲しいですか、という問いは、生きる上での問いかけに似ている気がする
答えが出ないのだ
答えの出ない事柄をその当事者としている者に問いかける事はきっとこういうことなのだろう

「もし自分がHIVに感染しAIDSを発症したら、何が欲しいですか」
その答えは、「生きていく上で何も問題のない体が欲しい」


2003年8月4日

(C)copyright 2002 - 2007 Ced Stars All Rights Reserved.