「これからは、見る物をしっかりと見ていこう」
病院のベッドの上であぐらをくずし、一息を鼻から流し出し、窓越しの世界を凝視ししながらなんとなく思っていた
そのときにはすでにあとの祭りになっていたことで、情けないような悔しいような、自分にしたらがっくりとくることだった

入院して数週間が経ったある朝、カーテンをあけ見えていたいつもの病室が黄色っぽくなっていた
照明が変わったのかな、ふと思ったまま廊下にでるとそこも黄色の紗がかかったようになっていた
んっ?、…目がおかしいんだ…
気になって病室の洗面台まで駆け込み、自分の目を見てみた
何ら変わりのない痩せこけたいつもの顔だった
どうしたんだろう…
それが、CMV サイトメガロウイルス網膜症の始まりだった

その日の朝、主治医とサブの医師が回診にやってきて、今日は調子どう?などとたずねてきた
「なんだか見えるものが黄色くなりました」
そう言うと、やっぱりね、と言う感じで二人は示し合わせたように声を漏らした
「ああ…、じゃあ、眼科で診てもらおうか」
その日は週に一度のエイズ専門の眼科医の受信日だったこともあり、昼前には検査と受診が始まった
この頃の体調は最悪で、熱は毎日40度を超え、咳はこんこんと続き、息をするにも苦しく、次第に食べるものを受けつけなくなっていたときだ
歩くのもふらついていたので、移動の半分は車椅子に乗っていた
脳症もひどく、ほとんど記憶にないのもこの時期だった

この日の眼科はやけに人がいたように覚えている
11月にしては温かい日で、寝巻きだけでも過ごすことができたくらいの小春日和だったと思う
眼科の外来受付で名前を言い、待合の椅子にどっさりと座り順番を待っていた
しかし、なかなか名前を呼ばれず時間が過ぎていく
これはどこの病院でもある出来事だと思うのだが、あのときの体調では、まさに死にそうなくらいしんどかった
そろそろ1時間が過ぎようとしていたとき、検査室からお呼びがかかり、眼圧と視力の検査をした
一通り終わると見え方も眼圧も正常だったが、検査室は全体が黄色いままだった
再び、診察室までふらつく足でたらりたらりと戻ると点眼が待っていた
2種類を2回点したのだが、瞳孔が開くということは思ったよりも体にきつかった
不調極まりない上に、散瞳して見えるものが全て光を放っているようにまぶしい
疲れきったため息を落として顔だけ上げると、世界は黄色い…、きのうまで白かった蛍光灯が使い古しの黄色い管になり黄色い光で部屋中を照らしているようだった
時間は昼過ぎ、昼食の時間は当に過ぎていた
がっくりと組んでいた足にひざをついて頭を抱えたとき、やっと自分の名前が呼ばれた
初対面の眼科医は小柄の痩せ気味できつねに似た端正な顔立ち、耳がすっぽりかくれるくらいの髪の長さのあるまだ若い感じの男性だった
簡単な挨拶から始まり、今朝あったことのいきさつから、目の中をのぞく眼底検査になった
「ああ…、炎症がありますねぇ…」
ぽつりと言った医師の言葉に愕然とした
黄色く見える目に炎症だとお!そこで叫べたら言っていたかもしれない事実が更に確実に明確に自分に提示されることになっていく
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