幸い、目の中の水漏れは塞がったものの、複数の炎症は続いていた
どこを見ても丸いものがくっついているように視界の中にある
それまでの炎症が無くなってくると次の新しいわっかが見え始める
この繰り返しが1ヶ月続いた頃、副作用も出始めてしまった
白血球の減少だ
数値は1000を割ってしまい、即デノシンの点滴は中止になった
その日のうちに体に入っていた管はぬかれ、点滴台ともお別れになった
鎖骨の下は穴があいたままだったが、手足が自由になり、なにか久しぶりの開放感を味わったような気がした
それから数日後、眼科の診察では、私が非常に恐れていたことの説明が始まろうとしていた
点滴は全身に作用するので、白血球が下がってしまった
しかし、治療は続けなくてはならないので炎症しているところだけに効かせることが必要になる
サイトメガロ網膜症になった患者に最も恐れられていることは、目が見えなくなることと、その治療方法だ
失明することは、昨今ほとんど無いようだが、治療をしなくてはならない場合はまだある
点滴による投薬治療は確かにサイトメガロウイルス全般の感染症には良いようだが、副作用もある
網膜症は目の中での炎症なので目の中に投薬をする必要になる
硝子体薬剤注入術、通称「眼注」だ
目の白目から針を刺し、目の中の液体を抜く
そして、抜いた分の薬を注入する
これを週に1度、炎症がなくなり、免疫が上がって自分で戦えるようになるまで続けられる
薬を入れておけば良いというだけではなく、効いているのかということも確かめなくてはならず、もし、効いていなければ炎症は進んでしまうことになる
薬を変えることもできるが、種類は多くないので選択肢は狭まるだけだ
私の場合は、薬が効いていたようで炎症もひどくなることは少なくなっていった

この治療は、1年半続いた
その間に1ヶ月様子を見ることになり治療をしなかったが、やはり状態は悪くなったので薬をかえて再び眼中をするようになった
免疫が戦えるほどに増えていないこともあったのだろう
体の中心では戦えるものの、網膜という、言うなれば狭いところにはなかなか白血球がまわってこないらしい

最初の眼中の前の日、どきどきして寝付きが悪かった
同じ病気の友達からいろいろ聞いていたことが想像をかき立て、どうしようもないところまで自分を追い詰めてしまうのだ
消灯時間を過ぎ、見ていたテレビも上の空で怖がっていたとき、見回りにきた看護士に
「なに、怖いの?しようがないよ、やってみればわかることだから」
なぐさめのような励ましのようなことを言われ、自分でもしようがないと思い、ため息をついて布団をかぶって、気がつけば朝までぐっすりと眠っていた
眼注当日は、朝から会う人に「今日だね」などといわれからかい半分、勇気付けてられてはいたのだが
いざ、時間が差し迫ってくると愛想笑いもできなくなるくらいに余裕がなくなっていった
その日に限って、先に退院した友達やそのほかのお見舞いが多く、要らぬことを言っては帰っていく
「大丈夫、ピュっで終わりだからッ!」
「痛いよぉォ…」
いぢわるなことを言う友達が帰ったあと、彼がそっと言ってくれたことが心の支えになった
「終わるまで一緒にいるから」
やはり、持つべきは彼氏である
つづきを読む やめる