2003
3月
March
きのうからのだるさが残っている
朝起きた直後から、頭が痛く、顔の右半分くらいもにぶく痛みがあった
出かける予定があったが、家でおとなしくしていることにしていたが、ずーっと不調が続いている
「春」だからなのだろうか、一度身についただるさなのだろうか
何かの感染症なのか…
目も見にくい
左右のバランスが崩れているし、あいかわらずの炎症もある
結膜は白いポツポツがあって異物感がひどい
骨粗しょう症から来る痛みは体の節々であり、ため息が出てしまう
季節がら、皮脂も増えベタ付く
顔のTゾーンは当然にテカテカしているし、耳などは何かのオイルを塗ったようにテラテラしている
この耳の油、先週の朝日新聞の健康に関する記事では、へぇーっということが書いてあった
要約すれば、「他の皮脂よりも殺菌成分が多く、虫なども寄せ付けない成分などもある」
以前、ここでも顔の皮脂についての殺菌成分のことも書いたが、耳においてはそれ以上の成分まで特筆されている
どうりで、べとんべとんな訳だ
体の防衛機能の良い現われなのだろう
食欲が落ち、食べる量が減っていた頃、肌はガサガサで油っ気もなかった
”元気”というのも沸いてこない
今から思えば、なにくそという根性だけで毎日を乗りきっていたのだろうと思う
そして、あの薬が始まりしばらくすると、次第に食べられるようになったので、それまでのことも改善され、食べることで体が反応したらしく、免疫も上がっていった
私の場合、ステロイドの食欲増加傾向が顕著に表れたタイプのようで、食べる量は異常だった
その頃の記録などを見てみると、食事の前の一口から1日は始まり、朝食に足らない物を買いだめした物で補い
10時のお茶、昼食、3時のおやつは必須で、最低でも3種類を用意してご近所の患者さんとダベリング
夕飯まで間がもたないのでせんべいなどを食べ夕飯をいただき、薬を飲むからなどと言っては何かを食べて薬をふくむ
就寝後はおとなりと”夜食”などと言って、映画やドラマを見ながらポテチやスナックなどで小1時間過ごし寝る、と言う食べまくりのなんとも言えない極楽入院ライフだった
それでも体重はなぜか増えず、逆に体から出る油は日に日に増え、不快になるほどだった
しかし、体はその異常なたんぱく質の摂取により、確実に免疫反応を上げていったようである
血液検査では、薬が始まる前と後では、5倍もたんぱく質吸収量が上がっていたと聞いている
このことは、ただ、大量に食べていたからだけではなくて、内臓の機能の改善もあるようだ
消化吸収する能力自体が落ちてしまい、抵抗力も下がってしまっていたらしい
”食べられる”ということは、人間の生きていくうえでとても重要な位置を占めている事柄なのだと思う
基本的に、食べれば太るし、食べなければ太らない
ダイエットするしないという事の大前提でもある
私はまだ良く食べている
なのに体重はあまり変らないし、油も良く出る
血液上ではどれもOKな数値の範囲内だ
これが、食べつづけて行くうちに体重が増え、皮脂の量が変り、なにか異常な数値が出たとき、からだの免疫機構が正常に近づいたというサインになるのかもしれない
そして、ダイエットという食事制限か食事療法という、成人病特有の域に到達するのだろう
それまでに、自分に合った体に良い美味しい物を探す食の遍歴を重ねるのではないだろうか
こんなことを実感すると、なるべく人に言うようにしている
「カルシウムって大事だよ、無くなると痛いしイライラするし、かといって食べ過ぎるとそれなりに苦労すると思う…」
私が体験したつらいことを他の人には経験して欲しくないからだ
なぜなら、痛いのは、いつでも、どこでも、何をしても痛い
イライラすると免疫が下がる
食べ過ぎると余計な病気まで増えてしまう
そして、このHIV に感染すると、そのことは治らないし、いやなことは続いてしまうからだ
「ピンクの電話」のみやこちゃんがテレビで言っていた
「食べるのが好きな人って、朝食を食べながら夕食のこと考えるのよね。それがまた、楽しいのっ!」
とってもよくわかるっ!!
31日
ちょっと、そこまで
メインページについている「ハーボット(k2)」のガイドブックでも買いに行くかと自転車に乗り、ふらふらと表に出た
風が少し強かったが、陽射しはあたたかく、重みも出てきていた
うちの近くには大きい書店がなく、駅の改札についでにくっついているような本屋と、ん十年前から改装なしでじみーに営業しているこ汚い本屋の2軒があるだけ
住んでいる人の好みに合わせているので、入荷もそれなりだったりして不便だ
ガイドブックを買って、昼はパン屋にでも行くか…、などと道順なんかを考えながら始めの本屋に到着した
ゲームではないので、コンピューター関係のコーナーに行ったが、どうも見当たらない
店員のおばはんにも尋ねても、「は?なんですか、それ」と、分からないようなので、もうイイです、といって2軒目のこ汚いほうに行ったが、おもったとおりなかった
どうしようか、近くに本屋…、結局、駅ふたつ分を自転車でこぎ、5軒目にして手に入れることができた
帰り道では足がびんびんになり、汗までかいて往復3時間のサイクリングになってしまった
途中、園芸店にも寄ってしまい、9株の苗まで買った
長距離運転のあと、やはり肛門のあたりが気になって、どんなもんかなーとシャワーを浴びているとき触ってみたがいつものとおりの感じでひどくなっていなかった
季節が変ってくると、体の代謝も良くなってくるのか、ぽつぽつと湿疹が出てきてかゆい
顔のアトピーも湿気のおかげでかさつかなくなってきたが、まだかゆい
手荒れは繰り返し、爪はフニャフニャだ
数日前、入院していた頃の友達と会って食事をした
これまた、タイ料理だった
私はひとりと待ち合わせをして、先に連れ立って店に行き残りのふたりを待った
ビヤシンと揚げ春巻きをたのんで、とりあえず乾杯して、うまいうまいと言っていると階段をのぼってあとのふたりがやってきた
少し遅れての登場だったが、元気そうでホッとした
かけつけなんとかで、同じものを追加して乾杯!やっぱ、これよねっ!・・・
それから始まったのは入院中の思い出話、今だから言えること、今のこと
4時間ほど、お茶のポットをおかわりして、マンゴープリンなんかも食べたりして4時間を一緒に過ごした
個性の強い面々なので、偏った話題もあったが、楽しかった
中でも、なかなか打ち解けられなかったひとりが思いもかけなくうれしいことを言ってくれたので、それが何にも代えがたく、あの頃の時間を意味のあるものにしてくれた
おたがい、それぞれみんながいたからやって来れた、乗り越えられた…
長い人生の半年ではあったけれど、何十年にも変るような確かに充実した時だったと、あらためて実感することができた
心の奥深いところに静かに落ちて行くような、感謝する気持ちがそこにはあったのではないかと思える
そして、そこから言葉にならない喜びが沸いてきてしまう
それぞれにあれから何度となくイヤになることがあった
変わらないものは何もない、イイこともそうでないこともいずれ変化して行く
これからも思いもかけないほうに転がってしまうこともあるだろう
けれど、あの、死を目前にしたあの頃があるから、ちょっとやそっとのことは大丈夫だよ
生きていれば、また会える
今、生きているから、強くそう思える
28日
パスポートの申請をしてから2週間後に新しい物が手に入った
申請から受理まで、センター側の人間とピンボケのやり取りとの末のオニュウだ
5年物にした
10年とも考えたが、ここ何年かでゴロゴロと姿形が変わったことを考えると、この先、同じようなことが起こらないとも限らない
手渡しをされてからそのページを広げると、どこも押し広げられていない、バリっとした感触が気持ちイイ
今まで持ってた物もついでに見たが、ビローンとして、ちと疲れ気味でまさにお役ご免だった
大学を卒業するとき、身分証明書がなくなることもあってとった初めてのパスポートも5年、彼と会ってからとったのも5年物
あと何回とる事ができるだろう
27日
腹筋、背筋、ストレッチ
彼のスリムアッププログラムだ
ここのところ、特に目立っていた脂肪が、とうとう自分でも気になりだしたようで、いつも通り、いきなりに始めたのだ
いつも何をするにも予告なしなので、びっくりしてしまう
ある日、夕飯を済ませ、片付けも終わって薬を飲み、2階に行こうと階段を登っていくと
は、は、は、ときこえてくる
ん?、なにをしてるんだろう・・・、つい、ヘンな想像をしてしまう
なんでか足音を忍ばせて、そーっと部屋をのぞくと、彼がベッドの上で腹筋をしていた
なんだ、・・・、まあ、しようがない
頭の後ろに手を組んで膝を立てたまま上体を起こすという、かなりの旧式ではあったが、腹筋運動をしていた
顔が赤くなって苦しそうだったので、私がいつも自分でしているラクそうに見えてかなり効くというのを教えた
ゆりかご運動のような形になってお尻だけで体を起こす
そこから、膝を伸ばして、体も寝かせていく
上向きになったらはじめのポーズに戻る
これを10回3セット、やらせてみようおもったが
はじめのポーズから足を伸ばす段であえなく伸びきり、程なく玉砕してしまった
本人もできるはずとタカをくくったらしいが、見た目ほどラクではないことがわかったようだ
3日目の痛みのピークの今、お腹プルプル、足ぴくぴくで数回が限度のようだ
それでもできる回数×3セットをきちっとこなしている
背筋にストレッチも、くぅーっといいながらもがんばっている
そんなふうなのを眺めていると、かわいらしい
彼なりに目標があるらしく、4月に控えている石垣の旅行で、水着姿になったときにそれなりになる、なりたいようなのだ
本人からはなにも聞いていないのでわからないが…
「ジーパンを履いたときにはじけそうになっているのが恥ずかしい」
確かにキツそうで下半身がどこももっこりとして、それはそれでイイ時もあるが、本人はかなり気にしているようなのだ
食べる物にも少し気を使っているようなので、来月の旅行には、それなりの結果が出ているだろうと思いながら
私も一緒になって吐いて、吸って、あと10回!などとベッドの上で床(とこ)運動していたりする
25日
アンズの花が咲いた
桜よりも濃い色で、梅のような咲き方をする
香りはない
入院する前に植付け、その年からよく咲き、実もひとつふたつつけている
それを甘く煮たりして食べると、駄菓子屋なんかで売っていたアンズになる
クエン酸がいっぱい入っているので、疲れた時などに良い
ただ、抗HIV 薬の中には食べ合わせが悪い物があるので、タイミングに注意する必要がある
ブルーベーリーのつぼみも白くなり、今日の暖かさであれからまたかなり膨らんた
去年裏庭に植え替え、今年は随分と花をつけてくれるようで、プクッとした芽があちこちに見える
家の近くの土手の桜は咲き始めていた
人の見えないところから咲く、と誰からか聞いたことがあるとおりに姿勢を変えて探してみると、ひっそりとつぼみを開いていた
春がやってきたのだなあ、としみじみしてしまう
この春の日に誘われ、父のところへも行ってきた
新築なので、記念にでもと思い、クレマチスを植え付けてきた
品種は、モンタナ・グランデフローラ
白い原種系の甘い香りを放つ4枚弁の多花性、980円
玄関のエントランスに沿うように蔓が伸びれば、見ごたえが出て花の季節には目とハナで楽しめるだろう
今、雨が降ってきたようだ
午後11時、天気予報は当った
春の長雨になる前に園芸作業はいろいろすることがある
今日、植え付けたクレマチスもそのひとつ
この雨でしっかりと根付けばイイが…
24日
クレマチスとアンズ
きのうは野暮用で日本橋まで出た
陽射しの暖かさにつられてのことだったが、風が冷たくてかなり震え上がった
日本橋はどこか不思議で、デパートがあれば、背の高いオフィスビルなどもありながら、下町の雰囲気までも残している
日本橋の欄干には帝都東京の守りとして麒麟が置かれ、その上には高速道路が影を作る
コンクリートで固められた町にも、木造の古い家屋があったりして、何度行ってもおのぼりさんになってしまう
これが同じ都会の大手町や有楽町辺りではしみじみとした空気など感じない
狭い日本にいるにもかかわらず、テリトリーの広さを得られる貴重な場所なのかもしれない
こんなところでいったいなんの用かと言えば、シュウマイを買いにきたのだった
それも「小洞天」のホタテシュウマイだ
一度、有楽町のデパートの地下にある、同じ名前のレストランに入ったときに、ついてきたこのシュウマイが、まあ、旨いこと!
控えめな肉の味付けの上に、ホタテの貝柱がポローンとのっていて
一口で入ってしまうそのシュウマイを口の中で一噛みした時の感触、香り、味…、それが忘れられなくて
たまーに行っては彼と「かあーっ」などといいながら、たまの贅沢気分を堪能していた
そういう美味しい物は例外なく、ついてくるものとして必ず1個だったので、あとにするか先に食べるか、いつも迷ってしまったりしていた
お持ちかえりのもあったので、家でゆっくり悩もうか、なんて思ってショウウィンドウを見ると、なんと、1個○百円などと書いてある
シュウマイが1個売りでその値段?
いやいや、それくらいの味だから、売るほうも買うほうもそれくらい思い切ってしまう物なのだろうと納得させたりしながらも、2つだけ買うのもなんだからって、「えびシュウマイと肉シュウマイも」なんて言ってしまうと、かるく2000円くらいにはなってしまう
けど、うまいんだ
が、この旨い物が近頃はめったにお目にかかれない
お持ち帰りにも出ないし、お皿にものって来ない
しまいには、この店までが営業していないときまであったりして、4年くらいは彼シュウマイには会っていない
そんな折、きのうは彼のほうから、「シュウマイ買いに行ってみようか」との申し出に即答の返事でそそくさと出かけていったが、…なかった
同じ店の小売が、日本橋のデパートにあるのでそこに迷わず直行したがお目当てはなかった
肉シュウマイの何個詰の詰め合わせやえびシュウマイはあったものの、ホタテさんはその名残もなく、なんとなく陳列棚も隙間風が吹いて、派手な地下食品コーナにあっても控えめに商売しているようにみえた
ホタテはなくても、他のがあるので6個入りのをひとつ買ったがなんとなく物足りなさを感じたので、そのまま浅草まで足を伸ばした
いつもの浅草、銀座線からひとつ手前の田原町で下り、ぷらぷらしながら六区のユニクロに行った
ひとしきり試着もして早春物を買いこみ、夕飯はどうするかと考え、タイ料理にしようということになった
2軒あるうちのひとつ、「クロープクルア」に行った
タイとベトナムの物を出すようで、はじめての店だった
ドアをあけると、タイの流行歌が流れ、薄暗い感じがバンコクにある店のような雰囲気でフフフと思った
いらっしゃいませ〜っという声もどこかやわらかいが、従業員は男性だけだった
客層はカップルが2組の、女性の2人連れの計3組
日本人の従業員に席を案内され、コートに手をかけるや否や、お預かりします…、と遠慮しながらもはっきりと持って行かれてしまった
こういうお店だとたいがい空いているイスに自分でかけたりするのが気楽な店のあり方だと思っていたのに
いきなり、ランクアップな扱いに、あ〜ら、いいじゃないと私と彼はほくそえんでしまった
飲み物もビヤシン(singha beer)を置いていてびっくり、さらに、その銘柄はGOLDだったのにもビックりだった
突出しからビールの出し方まで、タイのレストラン並で、これがまた旨かった
ビールなどもただ置くのではなく、ラベルを見せるように、くるっと回したりしてこころにくいことこの上なし
テーブルセッティングも、邪魔にならない長さのクロスに箸置きの上に箸、長いナプキンにお手拭、とり皿が2種類ずつ4枚
タイ料理のきほん、スプーンにフォークも完置済み、余計な物は一切なく、こざっぱりとしてかなりの居心地の良さだった
たのんだ料理は、ソムタム、トートマムクン、パッバッカオガイにカオふたつ、旨かった
祭日だったので、ラストオーダーがはやいのは仕方なかったが、また行きたい店のひとつになってしまった
帰り道、どこかホクホク帰れたのは旨いものに会えたおかげかもしれない
「クロープクルア」HPはこちら
22日
とうとう、戦争が始まった
意図を持っての目的なのだろう
いつくらいに攻撃開始かな、と思っていたが、それは買い物に行っている最中だったようだ
放送では、テレビ東京以外が特番に差し替えだ
バグダッドの空中で、閃光が走り、サイレンが聞こえる
軍事評論家という人達が、こぞって意見を述べたりして、どこかある一部分で盛りあがっている
渡航の自粛や、駐留邦人の避難も促され、一方では、人間の盾運動でこの国を訪れる人は日に日にふえているという
「自由のための…」、「侵略者…」、世界は広いようで狭い
そこらの近所づきあいのほうが上手くいっているように見えてしまう
右目の回りの痙攣が1週間ほど止まらない
首も少し張ったように感じる
足がつりやすくなった
軽い梗塞かもしれない
ちょっと気をつけなければいけない
庭の杏のつぼみが割れはじめた
ブルーベリーの芽もかなり膨らんでいる
風はあいかわらず強く吹いてまだまだ冬の名残だ
20日
春になりかけのひどい風で肌がボロボロだ
湿疹も出始めてかゆい
こんな感じに加え、指の爪も弱くなった
くにゃくにゃで、はがれやすい
そして、全身の肌が白くなるくらいの乾燥は季節が変らない限り良くならないだろう
こんな時、副作用が憎らしくなる
主治医からは、尿素配合のクリームをもらっているが、強制的に肌の代謝を速めるのでだんだんと肌バランスが崩れていく
まるで、ステロイドを使っていたときと同じだ
今はなるべくこまめに馬油を塗るようにしているが、荒れていく方が速い
デュアルプロテアーゼの抗HIV 薬がはじまってから、体のようすが面白いように変わっていった
まず、脂肪の代謝が変わった
内臓や腹部のまわりに脂肪がつきやすくなるのは、副作用として報告されているが
皮脂としての脂肪の排出が著しくなることは身をもっての経験のみだ
乾燥しているのに、ベタベタだ
一時は、薬疹から全身かさぶたのケロイドになり、ステロイドの力を借りて炎症を止め、薄皮一枚の生れたての肌になった
それから何度も脱皮を繰り返して、今のような肌になり
それまでの2年間、0歳児がたったの2年で35歳の大人にまで戻った気がする
ふつうなら、33歳からの残りの時間をゆっくりとエネルギーを消費して行くのだろうに
33歳からの0歳児では、33歳からのエネルギーを35歳に戻すエネルギーとしてかなり使ってしまった気がしてならない
しかも、33歳までの体の経験が繰り返されているようなことが多々あったりする
骨粗しょう症も詳しくは言及されていない
肌の衰えに似た状態も公にはされていない
残りの人生のエネルギーを随分と使ってしまったこれからの35歳からの人生
どれだけ生きていられるか、なんていう非現実的な事柄を感じるときがあったりする
16日
先日、彼とデートしてきた
といっても、買いだし兼、気晴らしの散歩でお決まりの浅草だ
その日はこれまた風が強く日影では凍えてしまうほどだった
週末ということもあり、人手が多いのは当たり前だったが、雷門の辺りは人であふれていた
道ひとつ挟んだ対岸から眺めていても人の熱気が感じられそうである
そんな人ごみ、巻きこまれると大変なことになるので、力車の兄ちゃんの脇をすり抜けて
松ケ谷の蛙寺でお参りし、その足でかっぱ橋に出向いた
休みの道具街はプロの姿はほとんどない
われわれのような素人のイイひまつぶしコースになり、売り手もどこか朗らかで話がしやすい
商売の邪魔にはなっていないのだろう
まず、フライパンの蓋をみることにした
たいがい、台所関係の店先にはぶらぶらと大小様々な蓋類があって合わない物はなさそうである
うちで今使っているフライパンは径が30cmの大きめなので、こんなところでなければなかなか見つからない
蓋がないと案外不便で、餃子を焼くときはアルミホイルをバッテンにしてかぶせたり
スープものを作るときには水を多く入れていたりして、コツがいる
私はほぼ毎日、でかフライパンと付き合っているが、たまに彼が腕を振るうとき、どうも不自由を感じているらしい
蓋はないか、蓋はないかとさがっているものをひっくり返すこと3件目、グレーのアルミ製の軽くて少しマチのある物が見つかった
560円、即決である
これが決まれば、次は食材だ
鎮江香酢、イタリアン・ドレッシング、ポップコーンの素、塩蔵わかめ(いずれも業務用)
食器屋では、タイ製の角皿の大小と丼の3つで1700円也
途中、椅子の専門店の2階の喫茶で、田舎しるこを食べたがバカうまだった
彼のお母さんの味と似ているが、やや甘いのがまたイイ
千束の喫茶店でもいつものコーヒーを飲んだが、変らぬ美味しさで一息つけた
彼は食器、私は30cmの蓋をぶら下げ、夕飯はどこで食べようかと商店街を物色していたら沖縄料理屋があった
彼によると、むかしっからある店で、母親の代は、こ汚い縄のれんの下がる飲み屋だたのに
すっかり塗りなおしたようでこざっぱりとしたイイ感じの雰囲気になっているという
確かに私も外観から同じ印象を受けた
夕飯には少し早い時間だったが、オリオンでも一杯という気軽な感じで店に入った
横長な感じのカウンターは10席ちょっと、テーブルが5台くらい、「きれい」という第1印象だった
客はまだいなく、店主であるだんなさんと3人、30分くらい何を話すでもなく時間が過ぎた
クーブイリチー、ふーちゃんぷるー、島らっきょなど頼む品物もなくなってきたとき、私はトイレに立った
扉をあけての第1印象もやはり、「きれい」だった
水滴のあともなく、便器は輝き、トイレットペーパーなどは緑色だった
におい消しも2つ違う種類が置いてあり、その場合によっても使い分けられるのかもしれない
こんな調子で用を済ませ、ふと、気がつくと店からは賑やかな話し声が聞こえる
他にも来たのかなーと、そそくさと身支度をして席に戻ろうと見てみたが、彼と店主の2人だけ
楽しそうにしていたのは2人だけで、随分と盛りあがっていたのだ
何ナニと席に戻ったが、ぴたっと会話は無くなり、再び静かなときが流れた
口数が少ない人だ、と言うことで済ましたはずなのに、なぜか気になる
私の中で居場所のないようなへーんな心苦しさが渦巻く
がらっと戸が開き、ポツリポツリとお客が来はじめ、店もなんとなく活気がついてきた頃、私達はそこを後にしたが
店の外で彼がひとこと、「オネエさんです」
おまけにつけくわえ、「みえみえ」
彼もおかしいな、と思っていたようで、けれど本人を目の前にしては言えないので我慢していたのだそうだ
私がトイレに入ってからというものぺらぺらと話を始め、帰って来たとたんに、つぅーんとしてはなさなくなったのがおかしいと思ったきっかけだったらしい
なんのことはない
私は邪魔だったようなのだ
そこの店には、張り紙がしてある
「カップルで店の中で手をつないだり、いちゃいちゃしたりする方、酔っ払っている方はご遠慮願います」
もう一枚、
「2時間以上の長居はご遠慮願います」
これはおきなわ風?と素直に思ったりしたが、店主のひがみだったのだ
いつも行く那覇の店ではこれくらいの時間は当たり前、もし早く帰ろうとすると
「もう帰ってしまうの?」といわれたりする
どうりで、トイレの後に頼んだ豆腐羊が小さかった…
旅行した国の料理は、やはり当地で食べるのがいちばん心地良くてうまい、こんなことを再認識した1日だったりした
10日
新聞やテレビなどで、HIV に関する記事を目にするようになった
「国内2例目のHIVU型感染者発見」
「融合阻害剤承認」
ひとつが始まると、それからは速い
私が薬を始めた頃、カクテル療法は当然のように行われていた
AZTがメインだった10数年前、エイズは発症したら死ぬしかなかった
肺炎やガン、脳症などで寿命を早く終わらせるしかなかったのだ
プロテアーゼ阻害剤が使われてからは、エイズなんかで死なない、ということが医療現場でも語られるようになり
エイズを発症したとしても治療で回復し、予後は免疫に異常のないふつうの人のような暮らしが出きるようになった
私が使っている薬は、リトナビル、インディナビル、3tc、d4t の4剤複合療法だ
2年3ヶ月飲み続けていられている
当時は、最強の組み合わせといわれていたが、今では次の世代もあらわれ、最近では治験の済んだ新薬が承認されている
少し歳をとった気分にさせられる
先日、薬の副作用について書かれている資料を見る機会があったので眺めてみたら
ほとんどの症状があてはまっていた
見事に副作用による体調不良だったのだ
妙に納得できたので、とても参考になった
飲んだことのない他の薬についても同じようにかかれていたが、そのほうが辛そうな症状ばかりなので辟易しそうになる
それでも、生きたければ延命ができるので充分過ぎるほどだが
私のように、投薬されなければ死んでいた身としては、選択の余地は飲むこと以外にない
感染してから、エイズを発症するかしないかはまったくわからないことで
投薬によるウイルス量のコントロールもぎりぎりまで待ってたり、感染した人の意志に任せたりする場合もあるようだ
薬を飲まないで、ウイルスと共存していく実感は私には経験がないのでわからない
ただ、エイズをコントロールしながら、HIV と生きていくことは薬を飲む飲まないにかかわらず、死ぬまで続けられる
私個人のことでもあり、私にかかわること全てにも同じことが言える
私から見る世界と私を見る世界の両方があるということで
うまくバランスを保てるようになればイイとは思ったりしている
7日
春一番が吹いた辺りから、全身の肌荒れがとてもひどくなった
湿疹も出ているので痛がゆい
手はあかぎれてしまい、なにかとしみる
他にも痛みがあり、気を張らせていなければやりきれないと感じてしまうときがある
痛みをこらえて気合をいれ、気を張らせるためにまた気合をいれなおす
いつ、力が抜けるのだろうかと、自分を省みるとあまりないような気がする
常に耳の周りがキンキンしているような、肩に力がたまっていつも力んでいるようで、ため息のような深呼吸が出るばかりだ
それに加えて、目の中のうごめく物が見えているはずのものの邪魔をしたりする
なかなか、薬治の後遺症は消えてくれない
こんなだから、少しの時間でもゆっくりとソファにもたれたりして目もつぶってみることがある
せめて、目くらいは休ませて、暗い世界でリラックスしたいのだ
目を閉じたあとの何秒か、しんとした気持ちになるが、つかの間、居たたまれない気持ちが沸いてくる
2年前、左目が見えなくなったとき、変なことに気がついた
目が見えなくなるっていうのは、暗くならずに白く透けるようになって、真っ白な世界一色になっていく
右目の3/4の世界と左目の白い視野がいっしょになると、世界は明るい
片方ずつで見るとわからなった細かい色が微妙な色合いで迫ってくる
きれいに感じたりするのだ
その代わり、見ようとして意識しないと、まったく見えていなかったかのように、覚えていない
彼との話でも、見たとか見ていないとかの言い合いはよくある事で、どうにも確実性に欠けてしまう自分もいて
自分勝手に見ている気がしてならない
一緒に楽しみたいはずが、水掛け論に終始してしまう
もう少し、自分を謙虚に見つめ直さなければいけないのかもしれない
6日
先日、彼と一緒に園芸店に行き植物の苗を買ってきた
大きいポットと庭の植え込みに定植して、残りは育苗用に鉢増ししておいた
温室から寒い外に出てきた苗はなんとなく元気がなかったが
鉢を大きくし手足を伸ばしやったら一回りは成長し、ぐーんと背伸びをしているようだ
今の自分にはできないことなので、眺めているとうらやましくなる
きのうから、彼のダイエット計画が始まった
このままではいけないとわかったのだろう
早速ストレッチなどをして体をほぐしていた
私もそれに協力しようと、油分を少なくした料理を考えている
彼の昼間は業者の弁当なので脂っこくなる上、私のウエイトアップメニゥとあいまって
どうしたって身になりやすい食事内容だ
肉類や炭水化物を控え気味にした夕飯を念頭に入れあれこれ献立を考えると
思いのほか、月金までの予定が簡単に立てられた
今日は、焼き鮭、昆布と厚揚げの煮物、もやしとあげの炒め物、うるいとかにカマのおすましだった
ご飯は豆ご飯にした
うまかった
おすましの「うるい」は、「ぎぼうし」という植物の芽のことだ
しゃきっとして、ヌルミがある春の味のひとつ
ガーデニングでも、日陰で映える便利植物として知られている
食べる物はこんな風に考えればダイエットにも少し役に立つが、実際には食べた物は使う、たまった物も使っていかないと意味がない
昨日していたストレッチ、今日はしていないようだ
春が来ると薄着になる
少し本腰入れないとね…
私は昨日の病院やらの疲れが今ごろに出ている
体がだるく、筋肉痛も出てきた
昼食に入った中華屋に香酢があったのでばんばんかけて食べたが効かなかったようだ
風がひどく吹いていたので唇もガッサガサで、肛門もバックリと切れてしまった
再び、リップクリームと座薬のお世話になっている
つめも薄く剥がれてくるので指先が痛い
食卓にも春が押し寄せているのに、私のからだにはまだとどいていないようだ
4日
体中がかゆい
風が強いと空気の乾燥で、すぐにガサガサの肌になってしまう
ウレパールを塗って、馬油も塗ってしのぐしかない
最近、また考えることが多くなった
身の回りにある愛情のような物にひどく感じ入ることがある
結局は、一方通行なことがとても大切に思える
何を大切にするのかは夫々の信念なので、ありのままを見ているしかない
言葉のあやにも似た、与えるばかりではないことも必要なのかもしれない
もし、この感覚が道半ばで絶えてしまえば、まるで棒グラフの先のようにまったくなにも無いことになる
時が変れば簡単に変ってしまう流れなのが、少しかなしい気もしてしまう
出現したわけなども、字面を追うだけのようで味のない誌面のようだ
本来の目的を外れた時点で、ある存在の意味は確実にその代で終わる
抽象的過ぎるときが多い私の文が幸か不幸か、今のうちはまだ生きているらしい
相手は誰なのか、この目的意識はなくさずに
私の病気の意味を探って行きたい
3日
彼がスーツを選んでいる
明日の仕事で来て行くようだ
普段はまったくのカジュアルで通勤しているが、たまにこういう時がある
どうしよう…、久しぶりに困り気味の彼の顔だった
どうやらサイズが変ったようで、スラックスではけるものがなくなったようだった
一大事だ
この前スーツを着たのは夏、それから半年でかなりウェイトアップしているのはわかったが
それにもまして見た目の脂肪が問題を増やしてしまっていた
小1時間ほどは経った頃、このコーディネートはどう?と、上下をびしっと決めて彼が階段を降りてきた
なかなか歳相応でイイ感じだったので、いいね、といいながら彼の足をみると裸足で寒そうだった
私の体格といえば、やはり細身になっている
なかなか太れない
ステロイドや他の薬を飲んでいた頃は、ウエストが90センチ近くまで増え
着る物はどんどん合わなくなり、毎月かなりの出費でやっと体に合った物をそろえていた
見事に上下のサイズが見る見るうちに増えて行くのは、傍目からも異常に見られていたかもしれない
それも、薬が減るにつれ、スルスルと体は細くなり、あっという間にウエスト76センチまで痩せて行った
つい半年前まで着ていた物はぶかぶか、その代わりに10年前に着ていた29インチのジーパンがはけるようになったのはうれしかった
最近になって、この体重の激変動はあまりなくなったが、2キロくらいは何もしなくても増減があり、日によって顔つきが変るのには驚いたりしている
そして、入院していた頃の知り合いにも同じようなことが起きている
みな口をそろえて、太ったけれど、今は痩せて洋服ばかりが増えたと、たまに話の種になっていたりしている
2日
「Legally blonde」という映画を観た
おもしろかった
これの初見は、飛行機の中だった
座席のモニターだったにもかかわらず、わき目も振らず観た
所々にゲイならわかるギャグが差し込まれていて、私と彼は狭い飛行機の中でも大爆笑で全編を終わらせた
笑いのポイントが他の乗客と外れて、ヘンなときにうけてしまったのも、後から吹きだしてしまうほどに楽しかった
女の子女の子しているのかと思っていたが、抜け目のない主人公が気持ちのイイ軽い映画なので、借りて観ても損はないかもしれない
邦題は「キューティ・ブロンド」、ちょっといやらしい感じがしてしまう下品な題に変えられている
先月の眼科の診察では、少しうれしいことがあった
私の左目の中のモゾモゾと動くもののことだ
アレルギーで残った網膜のキズなのだが、目を動かすたびに一緒に視界の中をうろうろする邪魔者で
たぶん死ぬまでこの透明なこんにゃくと付き合うと言われていたが
目の回復具合から、かなりの時間はかかるが、モゾモゾとしている物は無くなるとのことだった
爽快な視界をまた経験できるかもしれないらしい
そして、他の目の不具合も炎症の名残のような状態なので、次第に不快感は軽減されるようだ
久しぶりにイイ事をきいた感じで、うれしかった
どれだけの時間がかかるかわからないが
また、見られるかもしれない、いろいろな事柄がとても楽しみになった
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