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今日は暖かいらしいので、買い物に行った
夕飯は残っている物で炒め物にでもしようと思っていたけれど、なんとなく鍋にしたくなったので豆腐なんかを買いに行った
ダウンでは暑そうだったので、もすこし薄手のジャケットを着て行った
最近は目の調子がそんなに悪くないのでメガネもかけずいられる
だから今日も目の前の仕切りをしなかった
すると、見える物はそのまま自然な色合いで目の中に入って来る
アスファルトの汚れたグレー、木々の枯れた茶色、霜でやけたツバキの濃い緑
いつもは見えない空気の色まで見えそうだ
自転車を飛ばし、2、3軒をハシゴしてひと通り買い、帰り道では急ぐことなく自転車を走らせ
ゆっくりとまわりの流れて行く様を眺めながら帰ってきた
顔に触る風もそんなに冷たくなかったので気持ちにも余裕ができたのだろう
道の途中、なだらかな坂がある
だらだらと50メートルはあるかもしれない
家に戻る時には登りになるので、すこし気合の入るポイントだ
ややふんばりながらその道を進み、そのピークを過ぎた時、ふと、空の色が目に飛び込んできた・・・
「空は青、雲は白、葉っぱは緑…」
「空は水色だよ」
「何言ってる、空は青だよ」
「でも、あの空は水色してるよ」
「あれは青なの」
「でも、水色だよ…」
父との幼い時の会話、どっちも譲らずしばらく続けられ、終いには私は偏屈で強情っパリと言われる
青と水色の違いのわからない子供と思われていたのか
それとも、・・・理由はともあれ青は青で水色はなかった
今となっては何を取り戻す事もできないが、空の変化していく色の様子は薄いとか濃いとかで見て取っている
そして、あらためて見上げた今日の空にはモヤモヤと動く影と砂嵐のように透視できないコロニーがあり
そのなんとなく邪魔になっているものの向こうには、やや強い色合いの水色が空一面にひろがっていた
何も気にしないでいられるのなら、どんなにイイか
あの見えていた、意地を張るくらいに言い張る事のできた、あの思い出
あきらめているはずなのに、どうしても欲しくなってしまう時がある
できないことで、足元をもっと狭くしている自分に気がついた
2004年1月29日 午後 1:45:22
なんともはや
なんだかそう言いたくなってしまう
彼のパソコンがいよいよな感じだ
6年前に買った物だから、昇天間も無いのはわかる
IEの調子がおかしくなったのを切欠にぼろぼろと解れてきている
開くと、runtime error がアノ警告音と共に表示され強制終了される
そうすると大変だ
ちっ、という彼の舌打ちから始まり
まったくぅ・・・
もおおっ!
聞いているこちらもイライラするほどだ
なので、少しは良くなるかと思い、Lindows OS
をインストールした
OSで、インストールというと、タイヘンそーという感じがしたけど、すいすいと作業は進み、デュアルブートにこぎつけた
Windows しながら、Lindows も存在している
なんか上手くいってしまって、私はモニターに映る見慣れない背景やアイコンを眺めたりしてちょっと楽しかった
なのに・・・
彼のイライラはよりパワーアップしてしまった
それに加えて、いろいろなことを派生させている
はぁ
私の心のため息だ
私が言えるのは、はやく新しいの買ったほうがイイよ、くらいなので
彼の皮をかぶった荒れ荒れ大魔人はイライラの炎をメラメラと燃やしつづけている
こんな時にもかかわらず、テレビではUFOの事を特集している番組を放送していた
あれはUFOだ、未確認飛行物体だ!
いや、ちがう、軍の極秘戦闘機の飛行訓練だーっ!
そんな言い合いをして、なんともイライラとする展開だった
番組も中盤を過ぎ、出演者の1人が、あれって円盤?といった
取材ビデオを観ながらという事もあり
吹き替えと同時に生の声も聞こえていたので、Flying
saucer とインタビューされていた男性の言葉も聞こえた
!
すかさず、私は彼に言った
・・・あれって、円盤?
そーさー(saucer、沖縄風でも可)
・・・あれ?
何回か繰り返して言ってみた
円盤、
そーさー(同上)
何度か言ってみたが、彼はわからないのか、あまりにつまらないのかわからないが
ふーん、というくらいにしか返事をしてくれなかった
明日を予感させる風が雨戸をガタガタと言わせ
わずかな隙間を通る「ひゅー」という音が冷えこんできた真冬の空を一層するどく突き通すように走っていく
しばらく寒そうだ
2004年1月27日 午後 11:39:06
何年かぶりの友達と会った
彼と知り合ったのは私が20歳くらいの頃だろうか
なので、16年が過ぎてしまった事になる
私がゲイでHIVに感染している事も知っている
その彼は一児の子供を持つ親で、てんかんという病気も持っている
ここではその症状などの事は細かく書かないが
会った当初からたまにその発作を起こし、気がつけば数分動かない事があった
本人は何が起きているのか全部把握しているというし
小さい頃からの事なので慣れているようだった
しかし、それを知らないでいる人には、突然なにが起こったのかわからないのは当然だ
暴れるようにしている手足は本人曰く、「大丈夫だから」というサインなのだそうだ
それがわかるまで、私もやはり何がおきているのかわからないのでどうする事もできなかったが
そんな事が何回か続いたある日、彼からそういう病気を持っているというふうに、カミングアウトされた
それからは危なくなってきた予兆というものが見て取れるくらいの余裕ができ
いよいよッ、という雰囲気になってきた場合はなるべく放っておくようにした
本人もその方が落ち着いて発作を起こしていられるようなのだ
・・・てんかん、と聞くと泡を吹いてぶっ倒れる、というイメージがまだあると彼は言っていた
その発作にもいろいろなタイプがあり、まだまだの世界なのだとも言っている
古い知識を持つ医者も多いらしい
その友人は去年の8月までの2ヶ月間入院をしていたことも話してくれた
治療や新しい薬の効き目を見るための病院生活をしていたらしい
それまでも発作を抑える薬を飲んでいたが、それも効きが悪くなってしまい
次の薬にかえるまでのインターバル期間に連続発作を起こし入院になってしまったのだ
そして今の薬にかわってからは発作も減ったという
しかし、その副作用として、手足の感覚異常、末梢神経異常、ふらつきなどがきついらしい
「発作を止めて仕事もしたい」、という彼の願望
自立と自分の子に対する思いがひしひしと伝わり、今ある現実でのつらさもより明確に並べられた
今の自分に何ができるのか
どうしたら発作のことを気にせず暮らして行けるようになるのか
いま、何をどうしたらイイのか、わからない…
彼の生まれ育った環境、土地柄、人付き合い、自分自身の欲求の持って行き所
何を大切に思うのか、愛する者への気持ち
今ある限界
・・・彼にとっては、
考える事の大切さの重要性を知る大きな、そしてやりがいのあることに向かっての踏み切りに立つ道程を探している途中なのだと私は感じた
何をはじめるかの年齢は気にすることない
今までしていたことの重要性に加えて、その時々に応じての対処法を身につける
考えることも何かをすることのひとつ
考えるための時間を作る
薬をきちっと飲みつづける・・・
まるで自分のことを復唱しているのかと勘違いしそうになったが
体の自由がなくなってきた場合にできる事は、頭を使うということも大切な要素になる
見た目ばかりの実証も要るけれど、見えない部分での行動も必要なのだ
彼に流れている様々なもの…
イヤにならず、嫌いにならず
そして
どうか、あなたのことをどこかで考えている人がいることを忘れないでいてほしい
私は彼と知り合う事ができて良かったと思っている
2004年1月24日 午後 11:44:52
いつかできるホームページを楽しみにしています
k1
きのうは眼科の外来だった
午前中の予約だったので家事も早々に家を出たけれど、なんとも寒かった
のこのこと歩いていると凍えてしまいそうになる
そんなだから、とにかくはやく病院に着こうとガンバって歩いてしまった
病院は水曜というと必ず混んでいる
きのうもそうだった
とにかく、いっぱい待っていた
あーあ・・・
半ばあきらめ長期戦を予想しすぐにトイレに行き
空いている椅子に腰掛けて順番を待っていた
ふと、診察順のボードが目に入り、私の主治医の名前を探すと、「病棟診察中」・・・おいおい
話し出すと止まらない先生、いつになったら帰ってくるんだろう…
こりゃダメだ、とあきらめたその時、私の名前が呼ばれ、先に検査が始まった
それもすいすいと運び、ものの5分で点眼直前までこぎつけ
点眼待ちの診察室、どこかで見たことがある顔があった…、入院していた時の友達だ
ひどいカリニで入ってきた彼、酸素マスクが手放せないでいた・・・
私は手を振って彼の前にいき、久しぶりーと声をかけた
すると、あっらー元気だったぁ?と相変わらずの口調で答えてくれた
見た目は厳つく色黒の肌に潤んだ目が印象的な男性だけれど
その内面はとても気の優しい心遣いのある楽しい人だ
お互い会うのは、私の目が見えなくなった時の入院の見舞以来で実に2年振り
知り合い連中の間では、生きてるのかな、死んじゃったかな、などと言われていたくらい音沙汰もなく心配していたところだった
それが偶然にも眼科の診察で再会できた
そして、前と同じように話ができた・・・うれしかった
カクテルをはじめた頃、彼はひどい悪夢で鬱になったことがある
一日カーテンを閉め切り、挨拶も首を振るくらい
私の記憶が消えかかる寸での思い出だ
気がつけば彼は異常なくらいに元気になって退院していった
眼科の診察では、私の順番が先だったので彼の番が来るまで永遠話し続けた
連絡先は変わっていないとの事だったので、家に帰ってからメールを出した・・・
なによりも会えたこと、とりあえず元気なこと、そして、連絡をとることができることがとてもうれしかった
メールの返事はその日のうちに来ていたようだが、気がついたのは翌日でさっそく開いてみると
網膜剥離をしているみたいなので、レーザーで治療します、と書かれてあった
そして、「これも経験です」、と淡々と書き終えていた
見た目の元気さの割に落ち着いた文面も変わっていないなと思いながらも
やはり気になり心配もあったので、私はもう1通メールを送った
私は両眼共剥離している
剥がれた所は自然とくっついたのでレーザー治療はしないで済んでいるが、後遺症としていつまた剥離がはじまるかわからない状態だ
そんなことを思うと・・・人事とは言え心配になる
薬があるから生きていられる事実
無ければ死を待つだけの逆戻り人生
いつになく生きているということが愛しく感じられるよ・・・
2004年1月22日 午後 11:14:29
2枚表紙のリニュをした
黒いイメージになったのは、やはり成り行きかもしれない
今ごろになって突然雨が降ってきた
暖かい日というのは、おかしな事が起きるものだ
あおいにサカリがやって来た
1人でうるさくしていればイイのに、ゆきもつられて騒いでいる
おまけに、おしっこまで・・・
湿疹がかゆい
コロニー型から主型に代わった
ドデカイのが気味が悪い
肛門の調子もイマイチだ
腫れている
上で書いた、突然の雨
彼が確認したらちがっていた
道路も濡れていないし、空は晴れている
けれども、ざーっという音は聞こえたのだ
それも1階と2階でふたり同時…なんだったのだろう
2004年1月20日 午後 11:11:21
久しぶりに何もする事がない日だった
朝起きてもいつもの通り、食事の仕度をし洗濯をかけて薬を飲み
ネコトイレを掃除をして干し物をする
・・・それから、何も予定がない
なので、買ったばかりの携帯の取説を読み、いろいろといぢりまわしていたりした
テキストの入力もカメラの使い方も慣れればナルホド、と思えるようになった
早速、待受けはあおいにすりかわった
動画も撮ってみたりして、彼のおかしな奇態を撮影した
そんな事をしているとあっという間に昼飯の時間になり
彼のお雑煮を食べることになった
当然、これだけは彼の領分なので私は下男の様にこまごました事をする
いつもの通り鶏としょうゆのイイ匂いがして、最後に三つ葉とゆずをのせ、焼いた餅を4ついれて一気に食べた
食後の薬を飲み、あと片付けをして2階に行く
部屋のドアを開けると、そこには彼とビリーが大の字になってベッドの上に横になっていた
それを横目に私は部屋干しした洗濯物をたたみながら、ほぼ3週間振りになる自主トレをはじめた
年末年始の旅行続きですっかり運動という文字が頭から消え
体についていた筋肉もすっかりたるんでしまっている事にあらためて気がつき
少しがっくりしたりしたが腹筋から地道に再開することにした
腹筋、横腹筋、アームカール、プッシュアップ
合計1時間弱、上半身がビキビキである
運動後、すぐにプロテインを作って飲み、ネコたちに夕飯を出してシャワーを浴びた
体がパンプアップしていたので頭を洗う時は腕が動かずどうしようかと思ったが
まず、手を頭につけそのままハーフのスクワットを速めにしてみた
すると、反動で手が動いたので今日の洗髪はそれで良しとした
体を拭く時も同じような状態なので、ささっと拭くだけにして、頭は自然乾燥に任せた
この時、ああ、短くしていて、それも薄くなっていて良かったと思ったりしてしまった・・・哀
そんな時、ゆきが「あーん」と一声私の事を呼んだ
どうしたのかと風呂場のドアを開けると、中に入るの、という
私はそのまま開け放してやる事にし、ゆきのしたい様にしてやることにした
濡れたタイルの上をポトポトと歩くゆきは水滴をなめたり、浴槽をのぞいたりしていた
今晩の献立は「彼のナポリタン」と私の「その時サラダ」
なんだか、彼は休みの日になるとよく料理をする
元々好きな事もあるし、ストレス解消にもなっているようだ
私も日ごろの手荒れを回復させるチャンスとばかりに何もしなくてよいので、少し、いや、かなり助かっている
2人して一気に作った夕餉は一気に皿の上から姿を消し、デザートの八朔を食べる時の皮置きになった
先週の外来で主治医にきいた事で、柑橘系の物を食べる時の留意点があり
インディナビル(クリキシバン)を単用で飲んでいる場合、グレープフルーツは禁物だけれど
それは丸絞りの果汁はイケナイらしく、果実だけのジュースなら大丈夫だそうだ
皮に含まれている酵素が摂取されなければ薬の効果は変わらないそうだ
私は柑橘系の果物を食べる時、いつもグレープフルーツのことを思い出す
「自分はリトナビルも飲んでいるから食べても大丈夫」
4剤併用をしていると禁忌されていることも打ち消されるので食事で我慢する事は少ない
ちなみに、ドリアンも大丈夫らしい
ドリアンはアルコールと一緒にお腹に入るととんでもない事になり、悪くすれば死んでしまうので食べるのに躊躇していた
今のところ、そんな事は聞かないらしいので、今度行く時はぜひ!食べてみたいと思う
・・・なんてことを考えたりしながら、夜の分の薬を飲みビリーを連れて2階に上がった
一足先に上がっていた彼はパソコンの前でクリック連打をして7月の旅行の予定を組んでいた
私は彼の胡座をかいた太もものうえに頭を置き、ビリーを小脇に抱え、つかの間の膝枕をさせてもらった
しばらく忘れていた安堵感
心地良かった
ほんの数秒、天井から光を放つ白熱球を眺めていたりしたが、その視界の中にはいつもうごめく影がある
ぢっと見つめるその影のなかには泡のような物がいくつもあり
とどまる事もなく私の見る物見る物にまとわりついて行く
そんな時、彼の温もりを感じていたはずなのに
ビリーの小さな呼吸を感じていたはずなのに
戸板で仕切られた空間に投げ入れ閉じ込められ、しんと静まった耳界ではいつもきこえる問いかけがある
「この動いているもの、なくなるといっていたけれど、本当になくなるのかな」
泡の一つ一つを凝視して、その姿を自分で見ているかのような錯覚にとらわれ
ふと、彼の温もりを思い出す
「あ、まだいたんだ・・・」
我に帰った世界は、いつもこの2階の部屋だ
彼の名を呼べば、いつも返事をしてくれる
それがなんとなく嬉しくて、恥ずかしいような、そして、
いつも自分でいられるような気がしてならない
2004年1月18日 午後 11:04:57
今日も冷えこみのあまり、頭がバックリ割れそうな気がした
短髪がこんなに寒いものだとはこの歳になるまで知らなかった
いや、ただ短いのではなくて薄くなったのもあるのかもしれない…
こんな真冬の空の下、きのうは外来があったのでトボトボと病院に向かった
金曜の病院には初めて行く
週の終わりだから混んでいるかと思えば、人が疎らで順番もすいすいと進み
予約の時間から15分後には診察が終わってしまった
採血も6本あったがバンバン出てくれたのであっという間に終わった
薬も待たずに手渡され、ふと時計に目をやれば11時半
終わるの速過ぎである
しかたがないので、父の所へ行って昼飯を一緒にすることにした
連絡も何もしないで行ったので、「何、突然」などと言われたが
ちょうど昼時、なにはともあれ、父の行きたがっていたラーメン屋に行った
家から少し歩くその店、わざわざ行った甲斐は…である
なんとなく麺で腹いっぱいになり、父は用足しに家へ、私は○TTのショップへと足を運んだ
先達てPDAのためにしたPHSの契約を解約して、携帯電話の申込をするためだ
今まで一度も携帯型の電話を持った事がない私が、なぜ、持つ事を決めたのか
まあ、いろいろあってね・・・
なにはともあれ、店内にある銀行のような番号札を取り、順番を待つことにした
店内は異常なくらいに暖房が効いていてどうしたって上着を脱ぎたくなるくらいだった
店に来るどんな人もちょっとのようなはずなのに、必ずといってイイほどみな1枚身軽になっていく
それがおかしい様にみんな脱いで行くのでついついほくそえみ、そんな私は一人ニヤニヤしておかしな人、なんていう風に映っていたかもしれない
そして、順番が来て、「あのぉ、今まで持って歩く電話って持った事がないんですけど…」と、担当の女性にかなり遠慮気味にいうと
「あらぁ!そういう方って案外いらっしゃるんですよー!」なんてことを近所のおばちゃん風に言うものだから
ついついいらない事を話し出したりして、結局2時間、解約から新機種選び、代金の検討、おまけに初期設定までしてもらい
私の希望した、「すぐに話せる様にしたいんですけど…」という申し入れをすべて実現してくれてしまった
ぺらぺら話しながらほいほいと情報を打ち込んで行くその姿、すごいなあー、と素直に感動してしまったりもした
そして、今日はその使い方を覚えようと日がな一日、ちくちくと携帯のキーを押しつづけていた
カメラでネコたちを撮ったり、ムービーで彼を撮ったりしては喜んでいる
「おもちゃだね」、そう言いながら彼もどことなく楽しそうに電話をいじっている
そして、私も私にだけかかってくる電話を持つ事ができて、これでイイんだろうな、と、ほっとしていたりする
2004年1月18日 午前 12:35:34
夕飯時に彼とこの前行った沖縄の話をしていた
同行した彼のおばさんは随分と沖縄が気に召さぬ様で、後日、かなりの不平不満を私にぶつけ
金輪際連絡も取らないし、遊びにも来るなとたれ
終いには、「精々2人で仲良くやってくださいな」などという捨て台詞を吐いた
・・・そんなにひどい事をしたのだろうか
朝食を食べる前の30分に起きたちょっとした出来事が、その日一日、そして今日と私を攻めつづけている
これからしばらくはこの事が頭から離れないだろう
とはいうものの、この前の沖縄はかなりの収穫があった
別に農業体験をしたとか、市場で呼びこみをしたとか、そういう事ではない
いつも行っている店で、そこの女将さんとよりイイ関係を築く足がかりのような事があったのだ
はじめて行った沖縄で、ふらりと入ったこの店は食堂と銘打ってあっただけテーブルに椅子
それにお座敷が3畳分とカウンター席で40人程度をギッシリと詰めこめるくらいの燻された壁の色が印象的な一軒だ
客の層はひろく赤ん坊から杖をつくような年寄りまで各年齢層においても様々で
一見何をしているのかわからない輩まであり、縦にも横にもウケがイイらしい
私と彼はここに出入りするようになってから何回目かで泡盛のボトルを入れさせてもらい
この前で2本目を空けて帰ってきたところだ
席に座れば御絞りが手渡され、すっきりと拭き終わる頃に飲み物は何にするか尋ねてくる
そのタイミングがいつもちょうどイイ
とりあえず、オリオン生で女将さんとご挨拶をし、びっしりと書かれたメニゥの中から3品くらいを注文させていただく
このあたりでビールは空いてしまうのでなんとなく駄弁っていると
「サービスねー」と言いながら1品運ばれてくるのが常
必ずといってイイほど、呑みたくなる物を出してくれる
泡盛お願いします、私たちのこの言葉を聞く頃にはボトル、氷、グラスが用意されたお盆を運んできているのも調子が良い
最近、常備菜の様にして出されるのは、豆腐ヨウだ
豆腐を泡盛に入れて醗酵させた珍味、強いて言えばチーズに似ている
これが出されると、私と彼はチビチビと始まってしまう
それに、これがまた泡盛と合う事この上なし!
サイコロキャラメルの箱くらいの大きさで泡盛のロックを何杯もいってしまう
注文した料理もどんどん運ばれ、その速さに負けじとバンバン食べる
なくなれば3品くらいを追加し、また呑み食べる・・・
こんなことをしていると時間が経つのもあっという間で、何時の間にかふらんふらんのイイ気分にできあがっているのだ
そしてこの前、この上機嫌なおっさん2人の前に何気なく塩せんべいが出された
「これねー、走って買って来てもらったのー」
ぱっと見、どこでもよく目にする物だったけれど、わざわざ買ってこさせるなんざ何かあるにちがいない
彼はともかく、私は直感的にそう感じてしまった
それでも何ともあれ、いただいてみる事にした
ひとつまみ持った感触にはあまり変わった雰囲気はなかったが、鼻に近づけた時の香りは油臭くなく香ばしい粉の香りがしたのを覚えている
ウェハースのカリカリの香りにも似ている気がした
そして、ひとかじり、「・・・!、うまいっ!」
この塩せんべいは売り物によく有りがちなスカスカとした食感がなく、詰った揚げ煎の様でサリサリと口の中で解けていくのが楽しかった
「ちがうでしょ」
2枚目を食べ始めたところで女将が口をはさんで来た
「これつけて食べると、どー?」
そう言って出てきたのは、肉味噌だった
味噌を甘辛に味をつけた肉入りの味噌で、おにぎりにと一緒に食べることが多い
私はこの肉味噌が好きで、特にこの店の味噌おにぎりが好きだ
呑んだ後、味つきの海苔の上に盛られたご飯の上にこの肉味噌がのせられ、上手く自分で包んで食べるのだ
これと一緒に頼んでしまうのが、アーサー汁だ
アオサという海草のすまし汁で、ダシの効いた汁がバカ旨!
小さくさいの目にされた豆腐も可愛かったりする
・・・それはそれで、塩せんべい
味噌をつけてかじってみたが、どことなくパンチがなかった
そこで私はもっと旨くならないかとコショウをせんべいの上に少し盛るようにして振ってから味噌をせんべいに撫で付け食べてみた
これも味噌のみよりも味に深みは出たがどうもパッとしない
「なに、お店で出すの?」
彼が勘のイイ所でストレートに女将に尋ねた
「そうなのー」
当てられた女将は照れながらも目は真剣で、さすが一軒を切盛りする商売人だーと思ったりした
それからも、あれはどうだ、これは・・・などと試してみては却下され、終いには30センチはある一袋を食べてしまった
これといった食べあわせが見つからない
そんなこんな時計は日付を越え次の日になっていた
「しかたないねー、これ宿題ねー」
そう言って手渡されたのは、塩せんべいの大袋3個と泡盛2瓶
次の機会までに、美味しい食べ方のレポートを提出しなければならなくなったのだ
旅行から帰って2日目、少し落ち込んだりしたこともあるがこの宿題も頭から離れず
いったいどうすればメニゥに載るようなものを作る事ができるか…
案外、真剣に考えていたりしている
だって、さっき女将から電話があってさー
「宿題は進んでるー?」
だってー
2004年1月15日 午後 11:36:41
きのうの夜はなんだか食欲があまりわかず軽く済ませたが
今夜は6品作り全部食べてしまった
少し食べ過ぎた様で息があがる感じがする
テレビでは、午後8時からハプニング大賞をやるようだったので彼に、観るからねと言ったら
9時半から観たいのがあるんだけど…と言ってきた
「別にイイよ、で、何観るの?」と、尋ねると
「NHK教育の『顔のタルミを克服する』って言うのを観るの」と言う
私は思わず、観なさい観なさいっ!などと言ってしまったが、彼も根っから観る気でいた様なので何事もなく9時半まで過ぎて行った
ところで、みなさんはこの番組をご覧になっただろうか
彼に聞いてから思ったことだけれど、国営としてはなかなか斬新なテーマだったのではないかと思ったりする
民放の特集だとよくあったりして違和感がないことも
なんとなく国営放送にして観てみると、「なんか効きそう」な感じがしてしまう
さて、番組が始まると途端に某元モデル現タレントの○マヤの変な顔がどアップで映し出され
それだけどいつもと違う、意気込みのようなものも感じられてしまった
実は今日観たものはこの特集の2回目で、きのうは第1回目を放送したらしい
冒頭から伸びたりちぢんだりさせながら講師と真剣におさらいをしていたのだ
それを見ただけで私は笑ってしまったが、
・・・彼は笑っていない
マジなのだ
番組はその顔筋トレーニングがややお笑いになり気味にかしげていったが、それも一見お正月らしい雰囲気にもなりかけていたりした
進行のお姉さんは横から分け入りドシドシと番組を進めていく
講師はその言われるがまま○マヤの顔を使ってトレーニング方法を伝えて行く
2回目の今日は、頬とフェイスラインを重点的にやる様で
眼の下の半月から口のわきにかけての筋肉とアゴの辺りの筋肉を鍛えるらしい
「では、はじめましょう」
この一言で○マヤと進行のお姉さんはそろっておかしな顔をしていく
「意識を鼻の先に集中してェ、顔全部を真中に集めましょう」
テレビの中では2人してキゥッと顔を縮めている
それを見ただけで私は大笑いしてしまった
「次はぁ、口を大きくタテにひろげましょう」
顔上半分は鼻っ先に集め、下半分は縦長に伸ばせという
テレビの中では誠に間の抜けた変な顔が全国に流され、次から次へとおかしな表情作り出していた
おかしくておかくしてたまらん私だったか、気がつけば笑い声ひとつあげない彼がきになり目をやると
そこにはテレビと同じ顔をした彼がびょーんと伸びきった鼻の下を見せながら、真剣に顔のトレーニングをしていた
それがまた面白いことったらない
タルミを取る、と言われれば私もやってみたいので一緒にしようとしたけれど、彼の面白い顔を見ながらではとてもとても続ける事はできなかった
そして、更に番組は間抜けの極地を目ざし次から次へと面白い顔をしていく
彼もそれに習って丸出しの阿呆顔をしていく
まるで、生きた動く福笑いのようだ
それがもうおかしくて仕方がない
腹が痛いは、息ができなくなりそうになるは
有酸素運動としては、ピッチが早かったように思う
新年初笑いとはこの事をいうのだろうと笑い泣きしながら思ったりもした
アゴのストレッチでは、くいーっと顔をうえにあげ、それから「ああぁ・・・」という感じに口を開く
そして、口角をヨコに広げる
この広げる時がまためっぽう馬鹿ウケで、ひっくりかえりそうになる
テレビでもおんなじようにして、ダラリと口を開けた女が2人
テレビの前でも、羞恥心など感じさせないくらいのヌケ顔をした彼・・・
夜中の住宅街に私の甲高い笑い声がこだましていった
2004年1月13日 午後 11:38:37
正月用のテーブルクロスやマットを洗った
今日の強い風に振られている
明日からしばらく出かけるので、ネコたちの用意をしているが
どうも遊んでいるのと勘違いして、じゃれ付いたりかくれんぼや鬼ごっこをしてくる
こちらもそんな風だとついつい手を出したり追っかけたりして、ちっとも捗らずお昼になってしまった
まあ、それでも、目鼻がついたので一休みの最中だ
ナオミは私の膝の上でまるくなり、すっかり寝る体制になっている
だんだん乗っている辺りが熱くなってきた
あおいは私にかまってもらえないので一人でそっぽを向き
ビリーとさちこは風でゆれる木の葉が気になっているようで窓越しに外を見ている
ゆきはウサギのようになってまるで置物のようだ
それに背中が太陽に照らされて七色に輝く毛の一本一本が眩しい
きのうは父と会い食事をし、父の買い物に付き合った
どうという買い物でもなかったのですぐに済み、次には夕食のおかずを買いに行くことになった
今日と同じようにずいぶん冷え込んだので、ついでだとデパ地下に行った
エスカレーターを降り、食品売り場につくとおもむろに父がささやいた
「肉屋でさ、沖縄みたいに豚の肉、煮てあるの、売ってるんだけど・・・」
なんとなく恥ずかしそうに言うところを見ると、食べてみたいらしい
ここで私が、食べたいの?などと尋ねると、「食べたくないよ」と言うはずだ
かに座の性格まる出しのあまのじゃくなので、こちらは気を使う
「見に行ってみようか」
私がそう言うと父が先に歩き出し、目当ての店に向かった
明るい色で飾られた店頭の商品ケースには、ずらりと肉が並べられている
言っていたのはどれよ、と父を促すと、これまた恥ずかしそうにして小さく人差し指を「これ」と見せる
「沖縄直輸入ソーキ肉煮つけ」
「沖縄産肉使用てびち煮つけ」
「沖縄三枚肉使用沖縄風角煮」
醤油と砂糖で煮たものらしく茶色くなってやや照りのあるお惣菜が並べてあった
上から280円、170円、230円
グラムいくらなのでそれなりな値ごろ
買う?・・・
ついついきいてしまった、こう言ってしまうと、もう答えは「いいよ、」
本当は食べたいくせに要らないかのように自分を引いてしまう
まったくシャイなんだから・・・
ま、本人が要らないというのだからと私は気を切り替え
他にどんな肉があるのかと、ちょろっと視点をはずしたが
店頭に並んでいるとは思えないくらいに、この店は様々な部位の肉を陳列してあった
ほー、などと、しばし見入っていたが、何気なく見上げた一番上の棚に豚バラブロック肉がダラリと並べてあった
「これでさ、さっきの角煮とか作るんだよ・・・」、言ってしまった
そのワンフレーズを逃さず聞いた父は、作るのは難しくないか、とか
どうやるんだ、時間はどれくらい、どんな味だ、などと矢継ぎ早に質問をした
私はそのひとつずつにしっかりと答えていったが、父の少し輝くひとみに気がついたときには
「豚のバラ肉2本太いところと、豚のスペアリブ2本ください」、などと注文してしまっていた
それからは余分な買い物で、出汁に使う昆布茶や泡盛なんかも見、足早に家に帰った
それから3時間、いつもやっている手順で肉を茹で
スペアリブをソーキの煮つけにし、ブロック肉をラフテーにした
その間中、父は私のすることをぢっと見つめて、ふんふんなどと言っていた
きっと自分なりに覚えていたのだろう、、絶対作らないのに・・・
味は急いでいた割に美味しくできた
「これ全部食べるとなると、4日くらいかかるなあ」
柄らしくなく小食な父は、どれくらいもつ、冷凍するのか、と
これまた質問を浴びせ掛けてきた・・・
その日は彼と待ち合わせをしていなかったが
突然の料理で時間を食ったので、家に帰って夕飯の用意をするのが面倒になり
いっそのこと、と彼の職場の近くの駅でアポ無しの待ち伏せをすることにした
それまでずっと火に向かっていたので顔は火照り、温められた部屋の空気の中にもいたので
外に吹く風がとても冷たく寂しく感じられる
駅に着いて10分くらい、ひとりで改札の近くに立ち、行き交う人の姿を目で追っていた
仕事帰りの男性やパート明けらしい女性、子供を連れた人、私と同じように誰かを待つ後姿・・・
次に何があるのか想像しているのか、そこにある風景は皆、気に止めていないようだった
ぼんやりと体が冷えていくのを感じながら待っていると、白いコートを着た彼がすたすたとやや小股で歩いてきた
ふふふ、にんまりとして見た私の顔を彼も見つけたようで、少しニヤけていた
それから、彼の買い物に付き合い、夕飯に「に○に○屋」にいった
店の中は入った途端にガーリックの香りであふれ、イイ匂いというよりは、くっせー匂いでいっぱいだった
それでも頼んだものは全品にんにく印付き
中でも丸揚げにんにくなどは焼肉屋で出されるものよりもデカかった
私と彼、食べ終わる頃には身も心もすっかりニンニク臭に包まれ
帰りの電車の中では、一言も喋らずひたすら息を殺していた
ホント、臭かったのだ
家に着いてからネコたちに、「ただいまはあ〜」と口を近づけるとふっと顔をそむける程だった
ねえ、と言っても顔を横に向け、向けたほうに行くと反対に顔を動かした
こんなとき、なんとなくさみしい・・・
これから明日からの用意の続きをする
4時起きの7時出
しばらく、行ってきます
だって
誕生日だし
2004年1月8日 午後 3:54:15
近頃、くちびるのウイルス感染が続いている
乾燥から切れるのもあるだろうが、口角炎が出始めた
日本は今日、小寒だ
寒の入りである
その言葉の通り、ここの所の暖かさとちがい朝も昼間も冷えこんでいる
ネコたちはストーブの前から離れない
全身の肌荒れは、超保湿クリームでガサガサしていないが
目のまわりやよく洗う手などは季節に並び、皮が浮いたり紅く炎症したりしている
乾皮症だ
皮膚科では、一連のエイズ、HIV感染症としての位置づけでは辛い立場になることがある
乾皮症も原因の詳細は知れないので、それ単一ではただの乾燥肌だ
・・・春まであと3ヶ月
それまで待てば一つなくなる
近頃、噂話が多い
私のサイトはゲイ物で、エイズを扱っている
オーナーである私が感染者なのでしかたがない
大概、ゲイサイトのトップページでは、警告をする
先に行くかやめるのかを選べるようになっている
「誹謗中傷、誠意のない方、云々・・・」、私のページのトップに掲載した事だ
確かに、これを読めばなんにせよ一呼吸置くが、腹に一物な方にはどうにかして意地悪しようというのがあるらしい
メールアドレスを見つければ嫌がらせをし
掲示板に悪戯書きをし
他のサイトのBBSに雑言を書込む
どれもこれもその場だけの事のように思っていたが、どうやらその根は深いようだ
どうにもならない自らの行いの肩代わりとして、ちょうど良いのだろう
嫌悪する自分に気付く事ができれば、自分も同じという事がわかるはずなのに
どうにかして、自分は大丈夫、などと安心したがる
私の綴る言葉の尻をつかみ
粉塵にも満たない情報にすがり付き
謂れのない敵討ちを試みる…
いずれわかるだろう
今まであった信頼、愛情
生活の基盤
将来の展望
楽しかった日々
それらがある切欠でその手から、足元から、そして、自分の身が瓦礫の様にして粉々になった時
残るのは、
のこるのは
ちかごろ、何かがずれている
2004年1月6日 午後 3:25:48
年末年始の慌しさがやっとおさまってきた
元旦になって日本に戻り、思ったより寒くないことに少し驚いた
往きに着ていったダウンが暑く感じたりした
家には6日間、留守を守ってくれたネコたち
いつもしているはずなのになんとなく心配していたりしていたが
玄関の前に立つとゆきが2階からかけおりてくる足音がした
あんあんあんあん、と鳴きながらなので余計に気持ちがこもっているように聞こえた
ドアを開けると5匹が大きく口を広げて、あー、と言う
尻尾もピンと立っていた
それまでの旅行気分はいっぺんに吹き飛び
一人一人を抱き上げては頬っぺたをくっつけたりした
ぐるぐるいう温かみがそれまでの心配を消し去ってくれたけれど
いつものように心の中で「悪かったな、ごめん」などと、謝ってしまった
家の中はネコたちのトイレやご飯のにおいでムンムンだった
トイレは玄関に四つ、給餌器は二つ置いていた
トイレはそんなに汚れていなく普段からの尻ぐせの良さに感謝した
給餌器はなぜか蓋が開いていてすっからかんになっていた
これはご飯がなくなるとその重みで自然と落ちてくる仕組みになっている
食べて無くなるとざらざらと流れ出てくるので、タンクが空になるまでずっと補給しつづけてくれる
それが空、ということは蓋を自力で開け、上から頭を突っ込んで食べていたことになる
そこまでしなくてもイイのにねぇ・・・
盛り上がった気持ちも平静を取り戻したころ、元旦からの大掃除をはじめた
ネコたちの足を拭いて、いつもの部屋に入れてやる
私は水まわりから拭き掃除、彼はトイレがメインで残りを手際良く片付けていった
いつものように実に仕事が速いので、私はあまり手出しをしないでいるほうがイイ
ひとしきり終え、お腹が減っていることに気がついた
それまでの旅行では三食きちっと、それも腹いっぱいになるまで食べていたのでかなり厳しい減り具合だった
朝からビーフで毎食ビーフという日もあったくらいなので、胃袋もそれに合わせていたらしい
帰ってからの第1食は「お雑煮」と話していたので、前もってゆでて冷凍した小松菜と帰りがけに買ってきた鶏肉で作ることにした
といっても、これだけは毎年彼の出番と決まっていて私は下働きである
吸い口の三つ葉を洗ったり、テーブルを用意したりする
その間に彼は汁から何からを仕上げ、こんがりと餅を焼き
器にそれらを入れ、最後に柚子の一片をのせたりしてくれた
席につき、ネコたちも脇で眠りこけ、お雑煮を前にしてはじめて「あけましておめでとうございます」と挨拶することができた
今年よろしくお願いします、そう言いながらも器を口まで寄せ、そうっとすすった
これ、これだ・・・
三つ葉と柚子の香りのする中、鳥のだしがきいた汁が口からのどを通り、胃袋でふわっとその温かさが広がる
関東風の雑煮、昔から続いている彼の家の味だ
二口目では、焼いた餅の香ばしい香りと小松菜のすこし土臭い香りがしたりして楽しくなる
箸を持つ手もどれにするか迷ったりしながら餅をつまんだり青い葉をすくったりした
すこしして、七味なんかを振ってみるとまた別の味わいが出て、一気に椀を平らげてしまった
おかわり!
焼いてあった餅、温めなおした汁、不思議と最初の味よりも良くなっているのに気がつく
ちょっとの手間でも、一度落ち着かせるとイイのだろう
かなりの空腹も手伝って、その正月らしい食卓は間も無く片付けられた
そして、薬も飲み、洗物も終えるともうダメだった
時差がやってきたのだ
ネコたちを寝かせ、さっとシャワーを浴び、保湿クリームを塗ったりステロイドを塗ったりしてベッドに入ると、1、2、3で眠っていた
次の日に起きると朝の9時過ぎ・・・
おおーっ、薬くすり!!
今になって気がついてみると、二日から四日まで毎日こんな時間に起きては、慌てて薬を飲んでいたりした
そして、今日は5日の月曜日、5時前に起きていた
彼を仕事に送り出し、ごみ出しなんかもして、もう普通の生活になっていた
暖かい正月が印象強い今年、これから寒さも厳しくなるらしいけれど
なんだか楽しみになってきている
2004年1月5日 午後 9:46:23