0 5 ' 0 8
今月は忙しかった
月の半分は家を空けていたりした
いろいろな方とも会い、いろいろな人からのいぢめにも遭い
いろいろな出来事があった
ある人が言っていた、取捨選択
いろいろなことがあったからこそ、私には難しいことなのだと分かってきた
身体がある限り限度はある
まことに理不尽なことである
今月はずっと足が痛い
両足首が痛む
全般にわたって風邪の前兆と後遺症で咳が続いている
咳を沈めるために飲んだ咳止めが腸に作用して一日だが便秘になり
翌日の石のような弁が肛門を傷つけ久しぶりに出血した
その傷は今も痛み、出血はないが日常の動作をすると痛むことがある
眼も暗くなったり砂嵐状に見えにくくなっている
風邪の後のアレルギーで大きい湿疹が出、痒くなってきている
日によって白目が黄色くなったり白くなったりする
そして、今朝
今月になって初めて朝の薬を飲んだ後
ネコたちとソファで横になった
私は、偏見、差別の種であるHIVを持っている
ヒト免疫不全ウイルス
HIV
世界的に広がっているHIV-1のMグループには9種類のサブタイプがあり
その内には、遺伝子組み換えを起こしたもの16種類が現存する
主に西アフリカで確認されるのは、HIV-2のタイプだ
それの内のどれか
感染したであろう頃から考えれば、14年ほどのお付き合いになる
自分が崩れていく状態と持ちこたえるためにした出来事はその年月に含まれ
今もってなお、現状のままでは死ぬまでずっと一緒だ
先日、神戸であった会議で起てられた様々な目標があった
が、肝心なことを聞いていない気がしてならない
それは、治癒、その一言である
治してはくれないのだろうか
素直に思った
伝えることが業である世界からも聞こえず、目にも入って来ないのはどうしてなのか
事を荒立てるような理解しか見せない人の立場にでさえ辟易することが多い今
何のためにするのか、そんな人としての優しさは易しい関係としてだけあるのだろうか
自分が生きているという現実
自分がいるからこそある世界なのだ
策略という船に乗っている
生きる理由を舵取りするのは、誰なのか
希薄にするからこそ
大切なものを見せてくれることもある
混乱した問いに簡単な訳
その時を覚悟しておくということだ
これで8月の更新は終わりです
ゆきが脱走
近頃地震が来るときのように騒ぎ立てていた声が急にしなくなったと思ったら・・・
一階の窓が丁度ネコ一匹出られる位に開けられていた
そして、気が付いたときにはゆきの姿はなかった
それまでパンツ一枚でいた姿を適当にあるものを被り穿いて誤魔化しおもてに飛び出した
ゆきならきっとココを通るだろう
私のその予想は的中し、隣の家のガレージにゆきがいたのを発見した
急いで私は近づいていき、手を伸ばしたら
ゆきは脱兎のごとく隣の家の車の下へと、「ぎゃぎゃぎゃ」と叫びながら隠れてしまった
でも、サカリっぽくなっているゆきは、名前を呼ばれると返事をして身をくねらせるという行為をする
ゆーき、
そう言った途端、ゆきは「あーん」などとカワイイ声を出して返事をした
大丈夫だ、
そう思い、続けて何度かゆきの名前を呼んだ
ゆきは呼ばれるたびにゴロンゴロンと固太りした身体を捩じらせながら近づいてくる
そして、最後にゆきがひっくり返るくらいの優しい声で名前を読んだ時・・・
やっと手の届くところでゴロリとなり、見事逮捕の運びとなった
いったい、私に捕まるまで何処にいたのだろうか
身体はぜんぜん汚れていなかったが、足の裏が茶色くなっているゆきを抱きかかえ、いつもなら尻を一発叩くところを
何故かぎゅっと抱きしめてしまった
まったく・・
そう思ったらもっと力強く抱きしめてしまった
ゆきはそのしめ加減からか、より一層大きな声で「あーーん」と叫び私のアゴに頭をこすり付けたりしていた
今、ネコたちの一人でも欠けたら寂しくてしようがない
今までも脱走したりしたことがあるうちのネコたちだが・・・
どこに行かないでほしい
心底思ってしまったりした
2005年8月31日 水曜日 0:39:26
昨日の夜、ビリーをつれて2階に行こうとしたときのことである
彼がネコのトイレをひっくり返し、砂諸共中身を廊下にぶちまけてしまった
見事転地返しのようにしてトイレの底が上になり、庭園のような美しさで廊下一面真っ白になってしまったのだ
砂の固まりはオシッコ、島のようになっている物体は○んこ
思わず、ほうきを持ってきて波の線を付けたくなってしまったりした
数秒である、一瞬に出来上がった枯山水を眺め、そして、瞑想のような時を漂い
・・・一日のやり直しだ、思わず口をついて出てしまった一言を聞いた彼は、「ごめんなさい・・・・・・」
そう恥らうように謝ったりした
イイよ、気にしてないよ、そのうち同じことをするときも来るのだから、そのときは宜しくね
自分でも優しいなーと思うようなことを言っていたりしていたが
何故か、怒る気も咎める気も全く起こらないでいたのが不思議だった
一通り雑巾がけなども終わり、きれいになった廊下を素足で歩いたとき
こういうふうに流れる時もあるのだと感じたりした
一歩違うところから眺めるのも、たまにはイイこともあるのだろうと、今になって振り返っていたりする
近頃いただくメールでよく問いかけられることがある
「最近、何かあったの」
「重い内容があるけれど・・・」
そういう問いに、私はその通りと答えたい
私は可能性を見出せなくなるのがイヤなのである
自分に対しても他の人に対しても、希望や夢がなくなって生きることを諦めてしまう状態が辛いのだ
死ぬまであと数ヶ月と言われたということを正気に戻ってから彼から聞いたとき
その間、自分は何をしていたのかと思い出そうとしたりした
けれども頭に浮かぶのは、身体の痛みと毎日3回やって来る40度以上にのぼる体温の熱
繰り返される昼と夜のない生活
なぜ生きているとか、死にたくないとか、そんなこと考える余裕などはなかった
毎日をやり過ごし、多少の身体の変化に驚いたり悲しんだりはしていたように思う・・・
しかし、ひとつだけ覚えていることがある
これには自信がある・・
ずっとこのままじゃない
辛いことも毎日少しずつ変わっていくに違いない
余計に辛くなることもあるだろうけれど、辛いことが軽くなる時だってやってくるはずだ
いつか必ず変わるはずだ
・・そう思っていたのだ
今晩で終わった8月のラジオの放送分
計4回
今までにない反響があった
「もっと知りたくなりました」
「話しの先を聞きたい」
「話していたお2人の雰囲気が普通で不思議だった」
「よかった」
私もマイクを前にして話したとき
知っているということは、こんなにも違うものなのか
身近にあることを理解しているというのは、こういうことなのかと感じていたりした
それがラジオを通して多少なりとも伝わったのかもしれないと思えるのだ
ここで、お話しする機会を与えてくださった関係者の方々に心より感謝いたします
そして、今年になって逝った3人の感染者へは哀悼を抱きながらも
いつも一緒にいられるような一体感を持って、「ありがとう」と言いたい
言葉にはできない様々なことを忘れないょ
日本にいてもエイズ (HIV感染による合併症) で死んでいく人も身近にいる今
何をしていても同じように流れていく時間の大切さをも逼迫して感じられている
2005年8月27日 土曜日 1:15:40
秋風の吹く夜
巡り巡る因縁のようなものを感じた
HIVということで喰い物にしようとする人達は大勢いる
真剣に悩み、まじめに生きようとして心を痛めている人をイイ餌にしようとしている
HIVにかかわろうとした理由は何なのだろうか
そんな人達に真摯に問いたい
信じていたことに裏切られるのは辛い
HIVに対して関心を持ち、実際に活動してさえいればイイ人に見えてしまう・・・
共感を呼べば金を出すという答えに甘んじているのではないか
一生懸命に生きようとしている人間を蔑ろにする権利はあるのだろうか
ここまでという線引き
それに温々として出てこなかった出来事
感染者がいなくなれば安心という発想から生まれた・・・
もしかしたら、更新できなくなる日が来るかもしれない
いなくなれば安心する人達がいるからだ
思いやりという事柄を考えたとき
ある施設の事を思い出した
「なぜ、ある地域から特出するのだろう」
関係者から伺ったことがある
それからである、一日経ち二日経ちし、なるほどという答えが出た
物があるから言葉を使わない
物がないと言葉を使い、言葉は発達する
そして、信頼が生まれ育っていく
人知を超えた悲鳴のような響きが耳から離れないでいる気がしてならない
ある意味、利用されていることの因縁がすべての事柄をいい加減にし傷つけているのではないか
そのことに身を挺して伝えている出来事に気が付くのは、どれだけの人なのだろうか
欲望が満たされないからといって誹謗中傷を繰り返す
生きている意味のない人は何処にでもいると言うのだろうか
騙すのはいい加減にした方がイイ
責任を転嫁する前にすることがあるはず
何の為の討論だったのか
何の為の未来なのか
「おかしい」と言う人はいなかったのか・・・
生きていてもイイよと言う人はいなかったのか
台風の前、いや、嵐の前の静けさのはずなのに
自分の心の中では、もう悲しみの嵐が暴れだしてしまった
でも、
めげないでほしい
「生きていてもイイんだよ」
そう言ってくれる人は、いる
2005年8月25日 木曜日 1:29:58
土用に吹く風が今頃吹いていると感じる
そんな話を彼としていた
・・・さて、
またである
前回のような嫌がらせが始まった
元は、2ch
同じような書込みの内容から同一人物2人と思われる
一時期HIVについてのスレッドがあれよあれよと無くなっていったのに、現在では不思議なくらい板が立てられ今のような状態になっている
いったいいつになったら変化の兆しが見えるのだろう
そう思い考えていたある日
ある事実から合点がいった
医療に従事されていらっしゃる人の一言
「ゲイは嫌いだから」
治療にあたる人からの言葉と聞き、それまでの経緯に納得した
根本的に捻くれた気持では、何も変わらないのではないか・・
私は、その言葉を聞いた時、何を信じたらイイのか咄嗟に考えた
自分はどうしたいのか、何を見て判断すればイイのか
前回同様、今回の嫌がらせも、とても辛い
それは、医療関係者からの一言を聞いたときと同じな感じがしてならない部分もある
そうなのか・・・
感染している人たちのフォローはどうなるんだろう
そして、これから感染を知った人たちはどこに行ったらイイのだろう
なんだか爪弾きにされ端っこに追いやられるように感じてならない
2005年8月18日 木曜日 12:22:07
今回のカゼ
うがい手洗いを遂行していての罹患である
あれだけメールをいただいた人へ、うがい手洗いしてねっ、とか、身体に気をつけて〜と言って置きながら・・・
気になる症状が出て10日以上が経ち、漸く身体が痙攣を始めてきた
以前より、私の身体では調子が悪かった部分が痙攣をすると良くなるということが起こる
それがやっと今日始まった・・・
若いときとは違うというのか、う〜〜ん・・やはり年齢なりの身体のペースなのだろう
風邪の症状のうちの鼻づまりと鼻水は少しずつ治まっている気がする
今朝くらいから何となく匂いがするようになり、味も感じるようになって来た
匂いと味、これがあると食べて頑張ろーという気にもなるものだ
味気のないとは良く言ったものだと、風邪を引くといつも思う
身体のためと思い、もそもそと口を動かすだけの食事は味気ない
おいしーとか、具体的な味の感覚は気持を切り替えたり、もっと何かしたくなったりする、やる気にもつながるのではないだろうか
キーを打っている今も紅茶を飲み煎餅をかじっていたりする
リプトンの何十個幾らでも異常に旨いし、いつものカタイ煎餅の味わいの深さといったら喩えようもないのである!
しばらく、時間を気にしないでいたら8月も半ばである
夕暮れの時が幾分速まっているようだ
西の空の焼けた色に蝉の声が混じれば、自然と稲が頭を垂れる風景が思い起こされる
日本の原風景
稲作における盛夏である
夕涼みという涼やかな時間は今の日本にで見つけるには難しい場所もあるのかもしれない
足元をさらうように吹く一風の風に、心待ちした暑さの中の一息はメリハリのある一日の内でも最も気の置ける時ではないだろうか
昨今の酷暑耐暑熱中などという言葉の威力なども退散するはずの、秋風に似た夏だけの愉しみなのかもしれない
どこにいようと、どこに住もうとも
環境を変えたとしても同じ
特別な場所はない
どこにいても苦しみや悲しみは同じようにやって来る
そんな現実は、より自分の足元を見るためなのである
同じ地球の上・・・どこにいても同じだ
大きさに囚われてはいけない
もし目に見えないものを感じられるとしたのなら
思い出せ
理屈ではないあらゆる生命は生きている時にこそありえる
新しい次元・・・それは宇宙を超える
2005年8月17日 水曜日 18:09:24
胸のゼイゼイが減ってきて咳もかなり楽になったので季節柄
墓参りに行ってきた
とは言っても、順番から言えば家にやってきたのの送りということになるのだろう
なので、墓に送りに行ってきたということになる
・・・しかしだ、
お盆というこの時期、日本では非常に暑かったりする所が殆どなのではないだろうか
小さいときから感じ思っていたことが変わらず歳をとった今でも同じようにして考えていたりすることがある・・
なんでお墓に来るときは暑かったり寒かったりするんだろう
丁度イイ時期にほのぼのと墓参という光景は未だかつてないのだ
一番身近な祖母ちゃんの葬儀もあっつい真夏だったし
親戚のおやぢさまも今と同じ頃で、知り合いの葬儀を手伝ったときも真冬だったりした
今までが偶然そんな場合だったということもあるのだろうが
父や彼が口をそろえて言うのは、「もう少し時期を考えて、ねぇ〜?」と言うことだ
昨今の異常気象からすれば現生に生きている人間のカワイイわがままとして受け流していただきたいお話であったりもするのかもしれない
さて、墓に着いたのは午後1時半
一番暑い時間帯である
その通りに管理人以外の人の姿など一人もない
蝉もどことなく元気のない声でジィといっている昼下がり
私と父は世間話をしながら、うちの場所の前まで辿り着いた
小さいときから通った登下校の道のように覚えているその道も今はアスファルトで固められている
昔は、「お墓で転ぶと早死にするから、転んだときはすぐに地面の土を舐めるんだよ」と実しやかに言われたものである
墓石の前の鉢に溜まった水を柄杓でかき出し、新しい水を注ぐ
花や榊の生けられた筒に水を足し、乾いた土の上にも水をまく
提灯で盛ってきた蝋燭を火が消えないように墓に供え、ほかの供物も盛り、一応送りが終わった
そして、今回は少しだけ気持長く手を合わせ・・またね、と気持つぶやいた
帰りの道は暑いことこの上ない午後2時過ぎである
汗だくになりながら家に荷物を置いて遅い昼飯を父と食べに行ったのだ
・・・私は、お盆が嫌いである
そして、お正月も大嫌いなのだ
小さいときから手伝わされていた年中行事
家の中のゴタゴタも目にしてきた日々と重なり、嫌な思い出の多い出来事でもあるのだ
でも、今はそのときとは違う環境である部分もある
あの時のままではないのだ
あの時ではない、違った楽しみを見つけることもできるはずである
37年、生きてきても未だ知らないことも多々あったりする
生き続けているからこそ知ることができた、そんな事柄
まだまだこれからも出会う機会があるのだろうなーと
この時期に過ぎったりするのである
2005年8月16日 火曜日 0:40:07
なんだか夜中に蝉の声がする
ジーーーっという鳴き声がBGMに間切れて聞こえている
と思ったら、ほかの蝉もつられて鳴き始めた
Queer As Folk のサントラをつなぎ合わせたミックスと一緒に流れる蝉の合唱というのかコーラスというのか
不思議なリミックスという感じだ
今日の昼
買い物のついでに昼飯を711で買い
暑いからかカゼで頭がぼんやりしていたからか
オリオンと一緒に食べちゃったりしたら調子が良くなってしまった
久しぶりに軽くなった感じだ
深呼吸しても咽ることもなく、ついでに歌なんかも出ちゃったりして気分が良かった
まあ、治る時期だったのかもしれないし
多少血行が良くなったおかげで詰まっていた何かが押し流されたのかもしれない
明日からの準備や今週のいろいろな準備も始めることができた
最近は体調を崩さない限り、崩したとしてもなかなか止まることがない
こんなことをしながら・・・
一日一週間一ヶ月って終わっていくのだ
ちょい鼻をかみすぎたせいなのだろうか
7つのスピーカーから聴こえる音がハウリングしているように自分の回りを旋回しているようにも感じられ
その渦の先端に、自分の静まる先があるようにも感じられたりしている不思議な夜だ
2005年8月15日 月曜日 1:19:27
はやりものってば、カゼ
今のカゼは案外タイヘンですね
咳がこんこんと出て胸がつらくなり、ちょっとすると鼻水がどぱーっと出てきたりする
そんな症状が出て6日・・・やっとキーを打つ気になってきた
夏風邪は馬鹿にひく
うちのばあちゃんが頻りに言っていた言葉だ
それを私はわざと、夏風邪は馬鹿が引くなどと言ってはばあちゃんの癇に障るように言って怒らせたりしていた
「風邪を引くと固い煎餅が食べたくなる」
そんなことも言っていたばあちゃん
今日で死んで丸10年が経った
死に際のあっさりとした人だった
会う人全員に会ってから、まるで音がひとつひとつ消えていくように息を引き取ったのだ
胸を強く押されて無理やり脈を出してみても自然とフラットになっていくばあちゃんの心臓
私はその様子を一人で見、何度か繰り返される同じ措置を見つめ
主治医の言う言葉に促されてその手を止めてもらったのだ
午前10時2分
嫌っていた孫に最期を看取られ死んでいったのだ
かぜっぴきで調子の悪い今
なんでか自分も固い煎餅が食べたくなったので、彼と一緒にぼりぼりとかじったりした
・・・そのときに、思い出したばあちゃんの一言、しぐさ
一緒に過ごした時間
誰が嫌おうと、大切な自分の一部だったのだと再認識した
そして、本当の最後に共にいたのは自分なのである
生きている間に言えること、できることを
少しでも現せればイイなーと思ったりもした
2005年8月14日 日曜日 1:18:09
・・・あつい
昼間は家を留守にしているので、帰ってからの時間を使っていろいろと片づけをしていたりする
昼間の熱気も冷めるわけもない締め切った家の温度は・・・言葉にするのも暑くなるほど・・
そして、堪えるのは、それに加えた湿気である
べったべったで低温サウナの中での作業のようである
家を出てからずっと帰って来るまでサウナの中にいると考えてもイイかもしれない
はーー
さて、今日はラジオの収録があった
いつもの番組の担当の方から連絡をいただき、もう一人のAJである方とのインタビューだ
詳しくは、日付が変わってしまった今日午後9時からの放送をお聴きになっていただきたいと思っております
ネットでも聴けるそうなので、時間を合わせてもイイかもしれません
ここで番組に関係されている方々に、心より深いお礼と感謝を贈ります
!有難う御座います!
一感染者として何かを言う機会を与えてくださっていることに
寛大な大志を臨んでいる気がしております
ある一面からの事実は、もしかしたら・・
大きな一歩になる可能性を秘めているのではないでしょうか
そして、サイトのリニューアル、おめでとう御座います
これからも益々の発展をお祈りしております
サア、明日で一段落
根性入れて、やっちゃいましょうかね
2005年8月5日 金曜日 2:55:42
相も変わらず続く湿気にそろそろ慣れてきてしまっている
・・そんな感じしません?
湿気がいっぱいだと汗が乾かないので体力の消耗が激しくなるそうだ
普段よりも多く水分を摂ることは勿論
通気性のイイものを着るのも今を乗り切る方法のひとつらしい
この季節は襟のあるものは暑く感じていると思いがちだが
実は熱気が襟や胸元から出て行くので体温的に他のものを着ているときよりも低くなっているとのこと
Tシャツのようなものだと襟ぐりがピッタリとして熱が逃げにくく案外身体は熱くなっているんだそうだ
全部受け売りだが、少しでも心地よく過ごすには、なんてことを考えていると
涼 冷 爽
なんて感じが矢鱈目に付く
電車のつり広告、街角の看板でも、目からの冷涼感を打ち出しているのかもしれない
さて、今日会った人に、また言われた
「太りました?」
その言葉に、大きくなったんです、と答えた自分だったが
いいかげん歳を考えてみろっ!と後ろの方から怒鳴られた気分がしたりした、それも何人にも・・
思い返せば、もう37
数えで38
足す2で40である
最近、ちょっと前の話をすると、軽く10年や20年前のことだったりして驚く
先日も自分が高校生のときの話をしていて、ふと今の年齢から計算すると20年以上前だった
これだけで充分驚愕だったのにである
同席した子の歳はそれよりも少なかったりして、その子が生まれる前だったりするのである
ギャップなどという代物ではない遠い孤島に立った気がしてしまったりした・・
ま、そんなふうに中年になりかけでも、その歳なりの魅力というものを身に付けたい・・
せめて、そうありたい
ああ、ありたい
できればいたい
うーん、できるかな
♪でっきるーかな、というフレーズが口ずさめたり頭に浮かんだとすれば・・あなたも
明日も明後日も
しばらく忙しい日が続く
今週は特に超多毛・・ではなくて、多忙・・・
おやぢギャグも活きが悪くなる季節だ
2005年8月2日 火曜日 0:19:16