ばあちゃんの炒り卵

材料

卵  2個
砂糖  大1/2
しょうゆ  大1/2
油  大1


・卵に砂糖、しょうゆを入れ白身をよくほぐしながら溶いておく
・フライパンか鍋をよく温め、油を入れよくなじませておく
・卵をゆっくり流し入れ、全体に火が通るように箸で炒る
・水分がなくなって、しゅうしゅうと音がしてきたらできあがり


私が初めて覚えた料理のレシピです
小さい頃、偏食気味だった私の大好きなおかずのひとつでした
毎朝、これを食べてから幼稚園に行き、小学校にも通っていました
作ってくれたのは私の祖母である、ばあちゃんです

私がばあちゃんと暮らし始めたのは6歳の頃、ばあちゃんは62歳でした
今は建て替えて無くなってしまった前の家にひとりで住んでいたばあちゃんの元で幼稚園入園を期に同居が決まり
ある日挨拶に連れて行かれました
家は築60年以上たった土壁と木目の浮いた木の柱ときちっと張られた障子でできていました
子供心にはそんなことしか覚えていない物で、小さいなりに古臭いなあというのが第一印象でした
そして、畳の8畳部屋と廊下を仕切っていた障子がすっと開くと、ばあちゃんが少し微笑んだような表情で私を見ました
この時から、私のばあちゃんの記憶は始まります
" なにか私に言って笑いかけているばあちゃんの顔と、どこか緊張して返事もできないでいる自分 "
なぜかずっと忘れないでいるこの場面が、私のばあちゃんに対する接し方の原点なのではないかと今も思えてなりません
怖いというのではないのに口が開かない、そんな子供のよそよそしさは照れのようにも見えたりしますが
このときの私には居候をしにきたという思いが既にあったのでしょう
それでも、子供というものは慣れれば打ち解けてどこでも我物顔でのさばり
例外になく私も「ばあちゃん、ばあちゃん」と言っては金魚の糞でどこにでもついて行ったものでした
会う人には、まあ、おばあちゃん子ねぇ、などと言われ
ひとりっこの私の遊び相手もばあちゃんでした


私は父とばあちゃんの3人暮らしでした
私は母親の顔を知りません

けれども、後になってから私には2人母親がいることを父から知らされ
その両者とも離婚をしたという事実も知りました
戸籍だけでしかない母親の痕跡
それをばあちゃんに求めたことはなく、強いて言えば別の人という感覚で見ていたように思います
母親ではない、父の母親、祖母
いつもいっしょにいる祖母
いたことのない母親
女の人になにかを求めるという感覚はこの頃から薄れていたのかもしれません

なぜか父親はばあちゃんとは折り合いが悪く、始終ケンカをしていたのを覚えています
母親と子供のはずなのに、なんでケンカばかりしているのだろう
小さい私には理由がわからず、いつも部屋の隅に行ってふたりの攻防をみつめていました
いい年をした大人のはずの父が歳を重ねた老女に食って掛かり
髪を引っ張り殴り、物を投げつけ言いたいことを大声で吐き捨てる
祖母はそんな男にも屈することなくタバコでやけたガラガラ声で言い返し、終いには私のことを引き合いにする
父が父であるという威厳や優しいおばあちゃんという絵面は、私にはありませんでした

こんな家でも気の休まる時があり
父が仕事で出かけた後、ばあちゃんとふたりで朝の仕度をしている時は
なんともゆっくりと時間が流れていました
朝食に出る、炒り卵とご飯、そして、お味噌汁
これを前に正座をして食べる時が一番うれしかったようです
ご飯の炊ける香り
お味噌汁を用意する時のばあちゃんのてきぱきとした動き
おかかと味噌のイイ匂い
卵を割る音
卵を流し入れたときの、じゅっという音
卵と焦げたしょうゆのまじりあった香り
朱色のお膳に並べられたその3品…
気にいっていた3匹の子ぶたのついた箸
ミラーマンの付いたお椀
ウルトラマンのご飯茶碗
私は炒り卵を食べるときだけ、スプーンを使っていました
それも金色のメッキをしたティースプーンです
なぜかそれを使うとおいしくなった気がして、いつもそれで食べていました
ばあちゃんの作る炒り卵は汁気がなくコロコロで
全体にしょうゆの茶色と焦げ目があり甘辛の味つけになっていました
それをご飯にのせてスプーンで食べるとご飯と卵の甘さが口いっぱいに広がって
なんともいえなく幸せな気持ちになったのを覚えています

今朝、なんとなくこの炒り卵が食べたくなって、ばあちゃんが作っていたのを思い出しながら真似てみました
あの時とは少し味が薄味になっていたけれど
あんなとき、こんな物を食べていたんだなあと少し味わいながら
おいしいや、と思ったりしました
もちろん、ご飯の上にのせて
金のスプーンを使って

ばあちゃんの炒り卵
今度、彼にも作ってやろうかな…

6月25日