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障 割

障害者認定を受けてしばらく経つ
速いものでもうそれだけの時間が過ぎてしまった
「障害者っていうことで、気に病むことはない?」と知り合いにたずねられたことがあった
ぜんぜん、なにかを意識するようなことはあまり思い浮かばなかったのでそう答えた
今、そのことを思い出し少し考えるのは、「気に病むこと」というフレーズだ
「ハイリスクなことに手を出した当然の報いで、なぜそんな保証があるの?」
自分が申し訳ない存在と思ってしまうことから発している1つの意識がある
…。
理由はどうあれ、この感染症には国の保護がある
実際、この合併症にかかわる医療費はまかなってもらえるので経済面でも生きていかれる
そして、実際にこの制度がなくては長生きはできないと思う

病気の発病後2ヶ月くらいしてから主治医に「申請するからね」と言われた
そのときは脳症でなんのことだかわからず、はい、と答えたが、その症状が落ち着いてくると何らかの手続きをすることがわかった
ウル覚えで「更生医療」ということと、検査をしたり写真を撮ったりしたということをしたのではないかな…
それからしばらくして手続きが終わったとかで「受給者証」と「障害者手帳」が届いた
主治医からも「これの手続きでこういう資料を送ったからね」と渡されたものもあった
はい、とまた気軽に答えてから何気なくそれを開いてみると黒い顔をして痩せて髭面の自分のモノクロ顔写真が貼られていた
「身体障害者手帳」
障害者の等級    1級
鉄道旅客運賃減額 1種
要介護
「ああ、障害者なんだあ」
交付年月日を見て自分の誕生日なんかも確認して
「免疫機能障害」という名前もついている
その手帳、いやに軽いものだった
薄っぺらで手の平サイズ
そう言えば、私の祖母も老人手帳というものを持っていたがそれもこんな感じだった
この顔写真、ずっとなのかなあ、素直にそう思ってしまうほどげっそりとした人が写っている
彼に訊くと、「そうみたいだよ」という
「一番調子の悪いときに申請するからこうなるんだよ」
交付されてそろそろ2年になるが、見た感じ別の人になってきている
副腎がサイトメガロにいたずらされて顔の色素が黒くなって大きなシミも出ている頃だった

更生医療が適用されると特にこの病気の膨大な医療費をまかなってもらえる
この申請をしてからはエイズに関して医療費はかかっていない
仕事を持っていないので社会的な対面ということで私自身問題が無かった

この「手帳」は公共機関での減額があって
鉄道、バス、タクシー、船舶、国内航空運賃、公的施設の入場料の割引、映画館での割引などがある
私のように要介護がついていると、介護者1名から「障害者割引」が適用される
しかし、この権利について自分自身、今ひとつ慣れない部分がある
手帳を使って割引なんかをするときに手帳の提示をするのだが
見た目それなりに障害者ではないので、なんで?という顔をしていぶかしがったり
舌打ちもされる
そんなこんな、ショックなどは受けないが、 見た目って大事だなあ、と思うときがある

近頃はHIV感染症における投薬はしないで経過をみるということがある
CD4が200台でも薬は飲んでいないという場合もあるらしい
私がそれを知ったのは自分を取り戻したあとで、すでに進行中の投薬治療になっていた
そのおかげで脳症は良くなり今もあんがい生活に支障がないくらいにしていられる
体力面では自信がないのだが、それでも生きていられる

同じ病気の人はたいてい仕事をしている
疲れることは疲れるが働かないと食べていけないからと、がんばっている
その中には申請をしていない人もいて、毎回高額の医療費を払いつづけている
偏見がある場合は、やはりためらってしまうらしい


障害者認定ということは、もう1つの人格を持つことに似ている気がする
言いかえればケース・バイ・ケースというか、ごまかすというのかな
各個の状況はやはり自由ではないのかもしれない
このことがすこし窮屈に感じられるのも今だからだと思う
ただ、この障割で生きていられるのは、かけがえのない事実だ
投薬による治療法が始まって間もないうえに、確実に治るということにもなっていない
最先端に触れている経験から、現実と理想のギャップは減っているような増えているような、依然どっちとも取れない感じはする
障割も、このままではないと思うので、またなにか別の人格を与えられるのだろうな・…

2002年11月11日
改編 2004年11月1日


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